ポリタス

  • 1章

日本のエネルギー政策と原子力

  • 澤昭裕 (国際環境経済研究所所長)
  • 2015年5月23日

日本のエネルギー政策、電力政策において、原子力利用は、1)エネルギー安全保障、2)低廉な電力供給、3)温暖化対策という、主要な3つの政策目的をすべて満たすことができるものとして、強く推進されてきた。また特に、化石燃料と異なって、技術革新が成功すれば究極的には燃料供給を自国でほぼ完結させうる可能性をもつ原子力は、エネルギー安全保障の観点から戦略的重要性をもつものとされてきた。この燃料自給を達成するための構想がいわゆる「核燃料サイクル」である。この構想の基本的な利点は、原子力発電所の使用済燃料を再処理し、取り出したウランとプルトニウムを再利用することによって資源の節約と自給率を高めることにある。

減価償却済みの既設原発を再稼動させることは経済的に合理的であり、短期的なエネルギー政策としては、原発再稼動が第一プライオリティになる

もちろん、減価償却済みの既設原発を再稼動させることは経済的に合理的であり、短期的なエネルギー政策としては、原発再稼動が第一プライオリティになることは当然である。(原子力発電のコストは高いという主張をする論者がいるが、既設原発を動かすことと新設のモデル計算を混同した議論をしている論者が多い。もし既設原発の運転コストが他の電源より高いというのであれば、その原発が一基も動いていない今は、電気料金が「下がる」はずである。)

しかし、問題は短期的なエネルギー政策ではなく、中長期的な視点で原子力をどう考えるかである。その意味では、冒頭挙げた3点の政策目的は、福島第一原発事故の前後で変化していない。むしろ固有資源に乏しく、送電線やパイプラインで結んでも不安がないような隣国との関係が構築されていない日本にとっては、ある意味宿命的な政策目標だと言っても過言ではない。

再生可能エネルギーは原子力に代替できるか

ここ最近では、原子力に代わって再生可能エネルギーに対する期待が高まり、固定価格買取制度の導入もあって、太陽光や風力発電の役割の増大が見られる。しかし、筆者自身が最近行った欧州現地調査によれば、再生可能エネルギー導入の先行国であるドイツやスペインでは、電気料金の高騰や送電線・バックアップ電源の不足などによって、一国だけでは再生可能エネルギー導入をこれ以上進めることが困難になっていることがわかった。隣国との国際連系線の強化や他国の予備力の活用が必要となるに至って、当事者間での利害調整が課題となっているのだ。


Photo by BlackRockSolarCC BY 2.0

エネルギー・電力供給技術というのは要素技術だけが進んでも、全体のシステム技術が同じペースで進まなければ、最適な新技術導入は望めない

また、エネルギーの供給技術の変化や供給施設の建設に必要とされるリードタイムは長い。ドイツやスペインの有識者は口を揃えて「技術開発のスピードと状況を丁寧に分析して、長い期間かけて段階的に導入しないと失敗する」と警告してくれた。こう言うと、太陽光は技術革新が早く、リードタイムも短いという反論が聞こえてきそうだが、エネルギー・電力供給技術というのは要素技術だけが進んでも、全体のシステム技術が同じペースで進まなければ、最適な新技術導入は望めない。雨の日や夜間のバックアップはどうするのか、蓄電池開発のコストダウンのペースはどの程度か、逆潮流をどう制御するのか、送電線の建設はそれほど簡単なのかなどを考慮すれば、ただ単にパネルの発電効率だけが向上すればいいというものではない。ドイツでも蓄電池などは、経済的に見て解決策にはならないと全ての有識者が断言したことには驚いた。

さらに、ドイツやスペインでは太陽光発電のパネル設置に際して破壊することになる自然(森林だけではなく、荒れ地まで)や生態系の補償措置を義務付けたり、事業者の廃業などに備えたパネル廃棄のための供託金的保険システムを整備したりしている。一方、日本ではそうした点で乱開発が懸念されている事態に陥っていることも忘れてはならない。

原子力の一定比率を維持していくことが日本のエネルギー政策にとっては必須

こうした前例を見る限り、日本でも急激な再生可能エネルギー導入には副作用が生じることは必定であり、当分の間は原子力の一定比率を維持していくことが日本のエネルギー政策にとっては必須だろう。

またその欧州現地調査で会った有識者の中には、日本は原子力のオプションを維持しておくことが大事であり、むしろ福島第一原発の事故を乗り越えて、どのように原子力を安全に再活用しようとしているのかという発信をもっと行うべきだという意見が多かった。ことに、気候変動問題が高いプライオリティを占め、かつロシアへのエネルギー(ガス)依存度を高めたくない欧州においては、原子力オプションを簡単に捨て去るわけにはいかないという意識が高い。

もちろん、ドイツは脱原発を決めたわけだが、福島第一原発事故以降の国内政治状況から選んだ道であり、他国にその動きを広めようとしたり、EU全体の政策に持ち上げようとしたりはしていないことに留意が必要である。ドイツの有識者の間でも、「エネルギー政策は各国が選択するものであり、ドイツを見習えとは言わない」というのが共通意見だ。


Photo by European People's PartyCC BY 2.0

ドイツの再生可能エネルギー導入は、気候変動問題等との関連で長い歴史を持っているものだ

再生可能エネルギー導入の急増についても、福島第一原発事故を契機に増加させたと思っている日本の論者が多いようだが、今回ドイツで会った有識者や政治家全員がその認識は間違いで、ドイツの再生可能エネルギー導入は、気候変動問題等との関連で長い歴史を持っているものだと強調していた。むしろ再生可能エネルギーのバックアップ電源をCO2劣等生の褐炭発電所に依存せざるをえないドイツの現状を慨嘆し、CO2フリーの原子力を一定程度維持しておくことは、日本にとって有益なオプションだとアドバイスしてくれたドイツ人もいたのである。

原子力事業環境の変化とは何か

ただ、福島第一原発事故以降、原子力事業を巡っては現在さまざまな事業環境の変化が生じていることは事実だ。今後とも原子力を一定程度エネルギー政策・電力政策に位置づけていくためには、ある種の政策措置が必要となる。特に再稼動のような短期的な問題ではなく、リプレースや新設、核燃料サイクル政策を含めた原子力全体の中長期的な課題について、その必要性は高い。そして、いわゆるフロントエンド(発電)とバックエンド(サイクル~廃棄物処分)を政策上分けて考えてきたこれまでのアプローチを改め、全体を俯瞰して整合的な政策を打ち出すことを目指さなければならない。

現在政府の審議会で行われているエネルギーミックスの議論では、原子力発電の比率を何%にするか、あるいは再生可能エネルギーを何%にするかなどが焦点となっているが、私はその議論はあまり大きな意味を持つとは思っていない。なぜならエネルギーを巡る国際環境が平常な状態が前提となっており、かつ、ある将来の1年という「瞬間風速」での発電量の比率だけを議論するものだからだ。そのうえ、その分母となる需要の見込みは経済成長がどのような状況かによって大きく左右されるものであり、発電電力量比率はさらにターゲットとなる数値ではなくなる。

原子力は他の電源に比べてエネルギー安全保障の確保に大きく資する

むしろ重要なのは、原子力は他の電源に比べてエネルギー安全保障の確保に大きく資すると考えられる点だ。化石燃料は、日本はほとんど産出せず、政治状況が不安定な中東を中心とした地域からの輸入に依存している。さらに、再生可能エネルギーは、上記のように化石燃料の火力発電によるバックアップが必要なことから、常識に反してそれほど自給率を向上させるものではないことが分かっている。


Photo by Kevin KrejciCC BY 2.0

化石燃料有事の際に大きな価値をもつ原子力発電設備量を一定程度維持しておくことが重要

「国」が公的介入も辞さずに確保すべきエネルギーミックスは、瞬間風速的な発電量比率ではなく、むしろ緊急時に国の経済や国民生活を一定期間持ちこたえることを可能とする発(送配も)電設備をどの程度保有しておくか、またそうした設備は平常時には「余剰設備」となるため、その維持コストをどのように負担するべきかを議論しておくことが必要だ。その観点からは、化石燃料有事の際に大きな価値をもつ原子力発電設備量を一定程度維持しておくことが重要である。

今後、40年の運転期間制限ルール(延長しても60年)を原則的に適用していけば、2030年頃にはいまの設備容量の半分以下になることが予想される。


引用:長期エネルギー需給見通し 骨子(案) 関連資料(資源エネルギー庁 平成27年4月)

上記のような有事に備えた原子力オプションを維持しておくためには、こうした状況を避けるために、(現在「建設中」という位置付けである大間、東通、島根3号基の3基の他に)あと数基の新設炉の建設を検討していく必要があろう。メーカーや電力会社が生産ラインや人材を維持しておく判断をするに必要な量としてはそれでも少ないが、輸出によるマーケット開拓や電力会社間でのアライアンスなどを通じて、必要最低限の技術や人材を維持していくことも視野に入れることになる。

原子力の投資を検討している英米などでは、民間企業がその投資を行う場合、政府による金融支援措置を講じている

電力システム改革によって総括原価主義による料金規制がなくなれば、初期に大規模な固定投資をする必要がある原子力発電は、ビジネスとしてどのように投資回収をするべきかを考える必要が出てくる。今後、原子力の投資を検討している英米などでは、民間企業がその投資を行う場合、政府による金融支援措置を講じている。例えば公的な債務保証や差額調整決済制度(CfDと呼ばれる英国の制度)である。日本でもこうした制度を講じることで、他の電源との投資環境の均等化、世代を通じた公平なコスト分担を確保していくことが必要となってくる。(電力システム改革と原子力投資との関係、必要となる政策の詳細については、「原子力事業体制・環境整備に向けて」21世紀政策研究所を参照のこと)。

電力システム改革と原子力投資との関係、必要となる政策の詳細――より具体的な政策提言については、上記に掲げた21世紀政策研究所の報告書「核燃料サイクル政策の改革に向けて」をご参照いただきたい。

編集部注:澤昭裕氏の後半の原稿は第3章にて近日公開いたします。

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著者プロフィール

澤昭裕
さわ・あきひろ

国際環境経済研究所所長

21世紀政策研究所研究主幹。NPO法人国際環境経済研究所所長。1957年大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業、通商産業省入省。1987年行政学修士(プリンストン大学)。2004年8月〜2008年7月東京大学先端科学技術研究センター教授。2007年5月より21世紀政策研究所研究主幹。2011年4月より国際環境経済研究所所長。

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