ポリタス

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国民を「ないがしろ」にする政府を許してはならない

  • 布施祐仁 (ジャーナリスト)
  • 2015年7月9日

いまだ癒えぬ沖縄戦の傷

沖縄県は2015年6月23日、「慰霊の日」を迎えた。70年目のこの日、沖縄守備軍の牛島満司令官やその参謀らが自決し、沖縄戦における旧日本軍の組織的戦闘が終結したとされている。しかし、残った兵士たちはその後も米軍との戦闘を続行した。牛島中将が自決前、全将兵に対し「最後まで敢闘し悠久の大義に生くべし」と命令したからだ。その結果、6月23日以降も、兵士だけではなく多くの住民が戦闘の巻き添えになり犠牲となった。

この日、琉球新報が配信した一本の記事が、目に留まった。

元学徒兵の85歳の男性が糸満市摩文仁を訪ね、70年前に所属部隊が壕に避難していた同地区の住民を追い出したことを謝罪したという記事だった。この男性自身は住民の追い出しに加わっていなかったが、「(所属部隊のこの行為が)戦後、ずっと心に引っ掛かっていた。いつかおわびしたかった」と語り、頭を下げたという。

沖縄県民の実に4人に1人が犠牲となった壮絶な地上戦は、沖縄の人々の心に戦後70年が過ぎてもけっして癒えることのない傷を残している。


Photo by 柴田大輔

そのことは、5月17日に那覇市内で開かれた辺野古新基地建設反対の県民大会でも実感した。

県民大会には、沖縄戦を体験した70歳を超えるお年寄りもたくさん参加していた。取材すると、彼らは口々に「あんな悲惨な戦争を二度と起こしてはいけない」と語った。沖縄戦体験者にとって、70年前の戦争と現代の基地問題は直結しているのだ。

沖縄戦体験者を代表して県民大会でスピーチした元白梅学徒隊の中村きく氏も、次のように訴えた。

軍命でお国のためにと、県民総出で軍事基地造りをしたことが思いだされます。しかし、それは抑止力にはならず、20万余の尊い命を失い、大切な郷土の自然も、文化遺産も全て失い、私も22人の学徒仲間を失いました。(中略)現政権は新基地建設をごり押しに進めていますが、戦争を知らないみなさんに訴えたい。基地が戦争に直結することは沖縄戦の教訓です。

基地は「抑止力」になるどころか戦争を招き寄せ、県民の命を奪い、県土を破壊した

70年前、基地は「抑止力」になるどころか、戦争を招き寄せ、県民の命を奪い、県土を破壊した。それと同じことが、またくり返されるのではないか。その不安は、集団的自衛権の行使容認などを進める安倍政権の下で、大きく膨らんでいる。

翁長知事県民大会のあいさつの中で、「積極的平和主義の名の下に、中東まで視野に入れながらこれから日米同盟が動くことを考えると、沖縄はいつまで世界の情勢に自らを投げ捨てなければいけないのか」と懸念を表明し、「『また同じ歴史が繰り返されることはないだろうか』『ミサイル数発で沖縄が沈むことはないだろうか』『将来の子や孫が捨て石として犠牲とならないか』。沖縄に責任を持つべき世代としてしっかりと見極めていかなければならない」と語った。


Photo by 初沢亜利

有事に真っ先にねらわれるのは沖縄

こういう話を面と向かって安倍首相にすれば、「イヤ、あのような悲惨な戦争を二度と起こさないためにも、隙のない安全保障を構築する必要があるのです」とすぐさま言い返すに違いない。

しかし、仮に日本が中国と軍事衝突する事態ともなれば、真っ先にミサイルなどで狙われるのは、大陸から距離が近く、米軍基地が集中する沖縄だ

沖縄が「慰霊の日」を迎えた6月23日、海上自衛隊のP3C哨戒機が初めて南シナ海上空でフィリピン軍と共同訓練を行った。安倍政権は集団的自衛権の行使容認により、同盟国のアメリカだけでなくオーストラリアやフィリピンなどとも軍事的連携を強め、「中国包囲網」をつくろうとしている。今回の訓練は、その「先取り」ともいえる。

こうした動きは、日中間の軍事的緊張を高めるばかりか、他国と中国との間の紛争に日本が巻き込まれるリスクを生じさせる。そうなった時に真っ先に火の粉が飛んでくるのも、やはり沖縄だ。

辺野古に新基地が造られれば、将来、自衛隊との共同使用となる可能性もある(実際、過去に防衛省内で検討されていた)。そうなったら、海兵隊と自衛隊が一緒になって辺野古の基地からアジアや中東、アフリカの戦地に出掛けていくということもあり得る。その結果、今以上にテロの標的にもなりかねない


Photo by 初沢亜利

翁長知事は、4月5日の菅官房長官との会談でも日中間の軍事衝突への懸念を表明し、沖縄のあるべき姿をこう説明した。

沖縄は平和の中であって初めて、沖縄のソフトパワー、自然、歴史、伝統、文化、万国津梁の精神(を生かして)世界の懸け橋となり、日本のフロントランナーとなる。そういった経済的にもどんどん伸びていって、平和の緩衝地帯として、他の国々と摩擦が起きないような努力の中に沖縄を置くべきだと思う。

翁長知事は、保守政治家として日米安保体制の必要性には理解を示している。しかし、イデオロギーからではなく、沖縄に責任を持つ知事として、沖縄をどうやって守るか、どうやって発展させるかを真剣に考えた結果が、この「平和の緩衝地帯」という構想なのだろう

辺野古を断念するしか道はない

県民大会を取材して、辺野古新基地建設を止めようという沖縄県民の決意と結束は、いっそう強固になっていると感じた。

ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしていけない)

これまで様々な集会に出てきたが、あれほどの熱気と一体感は経験したことがない。翁長知事があいさつの最後に、ウチナーグチ(沖縄の方言)で「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしていけない)」と訴えると、参加者が総立ちとなり、地鳴りのような拍手がしばらく止まなかった。日本の政治集会で、あんなスタンディングオベーションを見たのは初めてだった。知事と多くの県民の心が一つになっていることを証明するかのようなシーンだった。


Photo by 初沢亜利

翁長知事は菅官房長官との会談で、次のように語っている。

県民のパワーというものは、私たちの誇りと自信、祖先に対する思い、将来の子や孫に対する思いというものが全部重なっていますので、私たち一人一人の生きざまになってまいりますから、こういう形で粛々と進められるようなものがありましたら、これは絶対に建設することは不可能だと思います。

翁長知事就任以来この半年間、政府は民意を無視して「粛々と」作業を続行することで、また現場で抗議する者を力づくで排除することで、県民の抵抗する心をへし折ろうとした。だが、逆に火に油を注ぐ結果となった。

日米同盟を重視するのであれば、辺野古新基地建設をただちに撤回し、普天間基地も無条件で返還するのが最も合理的な選択

私は昨年の知事選の結果を受けて、ポリタスに「勝負はついた。日米政府は『プランB』の検討を」と書いた。日米両政府は、このままではいつまでたっても辺野古に新基地を造れないばかりか、米軍にとって海兵隊よりはるかに戦略的価値の高い嘉手納空軍基地さえも失うことになりかねないと指摘し、「日米同盟を重視するのであれば、辺野古新基地建設をただちに撤回し、普天間基地も無条件で返還するのが最も合理的な選択」だと述べた。

翁長知事も共同通信のインタビューで「世界一危険な普天間飛行場を固定化してしまえば、一つ何か落ちただけで『もう普天間は駄目だ』となる。その矛先は次に嘉手納基地に向う。米国が最も恐れているのはその点だと思っている。今は普天間だけが話題になっているが、私たちの目が嘉手納に向いたときの恐ろしさを米国は大変警戒している」と述べている。


Photo by 島袋寛之

菅官房長官は、翁長知事に「政治の堕落だ」と喝破されてもなお、「辺野古移設を断念することは普天間飛行場の固定化を容認することに他ならない」とオウムのようにひたすら繰り返しているが、それは「嘉手納基地も使えなくなってもやむを得ない」と言っているのに等しい。

住民の反感に囲まれた軍事基地、住民の協力を得られない軍事基地は、いざという時に使い物にならないリスクを負う。日米両政府は、同盟のガバナンス能力が問われていることに気付くべきだ。

「ないがしろ」にされているのは誰か

強行姿勢の現政権と沖縄県との溝は広がるばかりで、辺野古新基地問題は「泥沼化」しているようにも見えるが、「変化」の兆しも生まれている。それは、日本全国のこの問題に対する世論の変化だ。

これまで、沖縄と本土の世論の「温度差」ということがたびたび言われてきたが、最近の全国世論調査では、各紙軒並み「辺野古反対」が多数となっている。これは、これまでなかったことだ。また、4月の発足以降、7月8日までに3億8500万円超が寄せられている「辺野古基金」も、約7割は沖縄県外からの送金だという。こうした変化に、翁長知事は県民大会で、「本土と沖縄の理解が深まったことに、大変意を強くしている。心強い限りで、共にこの沖縄から日本を変えていきたい」と語った。

変化の理由は、翁長知事と安倍首相・菅官房長官らとの会談や辺野古の現場の様子などが全国ネットのテレビニュースで度々報道されるようになり、安倍政権の理不尽さが可視化されたこと。そして、安保法制が国会に提出されて、安倍政権による民主主義の破壊や戦争への危機感が、沖縄だけでなく全国で共有されるようになってきたこととも無関係ではないだろう。


Photo by midorisyuCC BY 2.0

安倍政権が国民の声を無視してごり押しすればするほど、抵抗もまた強まっていく

安保法制については、各紙の全国世論調査でいずれも「反対」が「賛成」を大きく上回っている。それにもかかわらず、安倍政権は国会の会期を史上最長の95日間延長し、今国会で成立させようとしている。いまや、沖縄県民だけでなく日本国民全体が、民主主義を踏みにじる政府によって「ないがしろ」にされているのだ。日本全国でこれに対する抵抗が広がりつつある。安倍政権が国民の声を無視してごり押しすればするほど、抵抗もまた強まっていくだろう。

朝日新聞社が6月20、21両日に行った全国世論調査では、安倍内閣の支持率は39%で、5月の前回調査から6ポイントも下落し、第2次安倍内閣発足以降最低になった。とりわけ女性の支持率は、前回の42%から34%にまで激減した。

辺野古新基地建設にしても、安保法制にしても、安倍政権が強硬姿勢でいられるのは、高い支持率という裏付けがあるからだ。逆に、支持率が大きく下がればごり押しできなくなるし、ごり押しすれば政権自体が危うくなる。これから9月にかけて、そうなる可能性は小さくないと思う。

6月23日の「慰霊の日」に糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた、県と県議会主催の「戦後70年沖縄全戦没者追悼式」。参列した安倍首相があいさつに立つと、「帰れ!」という怒号が飛んだ


Photo by 柴田大輔

私はインターネットの中継で見ていたが、首相のあいさつは言行不一致であまりに白々しく聞こえた。とりわけ胸がざわついたのは、次のフレーズだ。

「私はいま、沖縄戦から70年を迎えた本日、全国民とともに、まぶたを閉じて、沖縄が忍んだ、あまりにもおびただしい犠牲、この地に斃れた人々の流した血や、涙に思いを致し、胸に迫り来る悲痛の念とともに、静かに頭(こうべ)を垂れたいと思います。

おびただしい血が流れた沖縄戦の犠牲は、沖縄が自ら「忍んだ」ものではない

おびただしい血が流れた沖縄戦の犠牲は、沖縄が自ら「忍んだ」ものではない。日本国家が沖縄を「国体(天皇制)護持」のための「捨て石」にしたために生じたのだ。

あの戦争への真摯な反省がない首相が、日本を「戦争できる国」に作り変え、再び沖縄に犠牲を強いようとしている。

だが、沖縄県民、いや日本国民誰もがそれを許さないだろう。

主権者を「ないがしろ」にする政権は、主権者によって倒される。それが健全な民主主義国家である。


Photo by 初沢亜利

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著者プロフィール

布施祐仁
ふせ・ゆうじん

ジャーナリスト

1976年、東京生まれ。ジャーナリスト。著書に「日米密約 裁かれない米兵犯罪」、「ルポ イチエフ」(岩波書店)など。共著に「沖縄 基地問題を知る事典」、「Q&Aで読む日本軍事入門」(吉川弘文館)など。

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