ポリタス

  • 論点
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ただひとつの手段は米国に直訴し続けること

  • 植村秀樹 (流通経済大学法学部教授)
  • 2015年7月3日

はじめに――問題の核心

今、これを読んでいる人に、とにかく次の発言だけでも確認してほしい。

空軍嘉手納基地は同盟にとって死活的に重要だが、海兵隊基地の重要性について納得できる説明を聞いたことがない。政治的なコストは非常に高いにもかかわらずだ。

海兵隊が日本にいることで「役に立つ」ことはあるとしても、「必要」だの「不可欠」だのといったものではない

発言の主はマイケル・アマコスト元駐日米国大使(在任1989‐1993年)である。この発言からもわかるように、海兵隊が日本に駐留しなければならない理由はない。米軍関係者でさえも、それを大使に説明できないのだ。日本政府は「抑止力」という呪文を繰り返すばかりで、何も考えないようにしている。これはもはや政策を超えて信仰(寝言?)の域に達している。海兵隊が日本にいることで「役に立つ」ことはあるとしても、「必要」だの「不可欠」だのといったものではない。これが問題の出発点にして核心である。

こうした肝心なことが議論されないまま、思考停止に陥っているのがこの国の現状だ。日米安全保障体制を肯定し、米軍の駐留を認めるとしても、すべての軍と今あるすべての基地が必要なのか、そのコストは政治的・経済的・社会的に見合うものなのか、政策の問題として具体的に吟味しなければならない。もうひとつ、発言を紹介しよう。

沖縄の反発がそんなに激しいのなら、沖縄にはこだわらない。米軍は望まれないところに駐留しない。

米兵による少女暴行事件後の1996年、沖縄をめぐる日米交渉の最中に、米国側の実務担当者カート・キャンベル国防次官補代理はこう述べている(忙しい人はここまでで結構です。時間のある人はもう少しお付き合いください)


Photo by 初沢亜利

I. 必ずや名を正さんか

そもそも、問題は何なのか。辺野古か普天間か? 移設か建設か? それとも……?

「必ずや名を正さんか」は『論語』の一節にある孔子の言葉である。政治を正す方法を弟子に問われた孔子はこう答えた。

まずは名前を正しくしなければいけない、と。名前が間違っていれば、問題を正しく認識することができず、誤った認識に基づいていては、正しい政治はできない

ここでの問題は「辺野古に新たに基地を建設する」ことの是非である。普天間の返還だった問題が、今や辺野古への移設になってしまっている。移設に名を借りてはいるが、実態は新たな基地の建設である。いつのまにか県内に代替施設を建設するということになり、その建設計画が膨らんで、辺野古埋め立てになった。まずは問題の出発点を確認しておきたい(最終的に埋め立てになったのは、沖縄の土建屋の儲けを大きくするためだ)。

さて、この問題の今後の見通しであるが、見通しは暗いと言わざるを得ない。暗いのは、誰にとっても、である。

米国への貢物として辺野古に新基地を作ることしか考えない日本政府が、計画を見直す可能性はほとんどなく、翁長知事の勝ち目は薄いだろう。知事が辺野古埋め立て承認を取り消しても、政府が裁判に持ち込めば、沖縄はほぼ確実に負ける。しかし、そうなれば政府と沖縄の関係はますます悪化し、これまでよりも大きな爆弾を抱えることになる。キャンベル氏も言っているように、地元から歓迎されない基地では、米軍もやりにくかろう。問題を起こせば、これまで以上に大きな反発を買うことになるからだ。つまり、新基地建設を歓迎するのは、日本政府とその取り巻き(メディアや御用学者を含む)のほかは、ゼネコンと埋め立てで一時的に儲かる沖縄の土建屋ぐらいのものだ。


Photo by 初沢亜利

万が一、日本が中国との間で紛争を起こしても、対応するのは自衛隊

万が一、日本が中国との間で紛争を起こしても、対応するのは自衛隊であり、米軍は自衛隊を支援するにすぎないことは、先日合意したばかりの「日米防衛協力の指針」(新々ガイドライン)にもはっきり書いてある。貢物のご利益もこの通り、そうたいしたものではない。オスプレイが尖閣に飛んで行って守ってくれる、なんて寝言を言っている人は、いいかげん目を覚まして、現実の世界を見たほうがいい。

II. 問題解決へのロング・アンド・ワインディング・ロード

では、この問題の解決策はないのか。解決は容易ではない。問題解決のカギを握る日本政府は米国への貢物をつくることしか頭になく、沖縄が何を言っても聞く耳を持たないからだ。

この10年余りの間、幾度か沖縄の地元紙のインタビューを受けたり、寄稿したりする機会があったが、そのたびに私は「米国政府に訴えよ」と言ってきた。米国が沖縄の願いを聞き入れてくれると思っているわけではない。話はそう簡単ではない。先ごろ訪米した翁長知事に対する米国の反応が冷たいものだったことからもわかるだろう。小さな沖縄が巨大な米国を動かせるわけがない。そんなことは初めからわかっている。それでもやはり、米国が動くのを期待するしかない

「米国が動く」とは、米国の都合で、米国のために、米国の軍事戦略や基地の海外展開を見直すことを指している。そのときのために、沖縄の基地が「地元の不満」というやっかいな地雷の上に立っていることを認識させる――させ続ける。そうすれば、見直しの際に、沖縄の事情をいくらかでも考慮に入れるかもしれない。チャンスはそのときである。小さな艀(はしけ)でも、巨大タンカーの進路にいくぶんかの影響を与えられるかもしれないのだ。


Photo by Ash CarterCC BY 2.0

頑迷固陋にして暗愚蒙昧な日本政府を動かすことができるとしたら、米国がそういった動きを見せるときだろう。1996年に橋本龍太郎元首相が普天間返還をクリントン元大統領に求めたのは、米国側からそれを検討する用意があるというサインを受け取っていたからだ(当時の外務省も防衛庁も、返還は期待できないから言っても無駄と、橋本元首相に進言していた)。迂遠と思われるだろうが、辺野古建設を撤回させ、米軍駐留を適正なものにする道筋は今のところこのぐらいしか見当たらない。

一度や二度、冷たくあしらわれたからといって、あきらめることはない

だが、残念ながら今はそのときではない。だから、米国政府の対応は冷ややかなのだ。普天間返還合意からここまでの道のりも長く曲がりくねっていたが、これからも簡単ではない。一度や二度、冷たくあしらわれたからといって、あきらめることはない。「19年間も動いていない移設計画は実効性が疑わしい」(アマコスト元大使)という声は米国にもあるのだ。


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辺野古への基地建設は、あらゆる意味で間違っている目指すべきは、日本の安全に必要なだけの部隊を地元に受け入れ可能な程度、すなわち適正規模と適正な運用にすることだ。辺野古への基地建設は、あらゆる意味で間違っている。だから、これに反対し、撤回させるべきである。

おわりに――勝つ方法は、あきらめないこと

「勝つ方法は、あきらめないこと」。一昨年、辺野古を訪れたときに見かけた看板にこうあった。

これしかない。これを信じて訴え続け、戦い続ける以外に問題解決への道はない。勝算を問われるならば、十分にある、と答えよう。あきらめなければ、負けることはないのだから。

(文中で引用した発言はいずれも『朝日新聞』2015年6月9日付


Photo by taku / PIXTA

著者プロフィール

植村秀樹
うえむら・ひでき

流通経済大学法学部教授

1958年生まれ。早稲田大学法学部卒業。読売新聞社勤務の後、青山学院大学大学院博士課程修了。2001年より現職。博士(国際政治学)。専門は日本政治外交史、安全保障論。近著に『暮らして見た普天間――沖縄米軍基地問題を考える』(吉田書店、2015年)、『「戦後」と安保の六十年』(日本経済評論社、2013年)などがある。

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