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  • 論点

こんな地方議員はいらない

  • 澤昭裕 (国際環境経済研究所所長)
  • 2015年4月12日

参政権の行使は民主主義そのものだ、という論に反対するつもりはない。しかし、実際に顔も見たことがない、声も聞いたことがないという地方議員候補に票を入れる勇気は、私にはない。全国比例の国会議員ならともかく、地方議会議員候補であるならば、自分が住んでいる場所近くで活動しているリアルな姿を見たことがないような候補者に票を入れることはしない。そうした候補ばかりなら、私は積極的に棄権することにしている。

では、活動中の姿を見たことがあったり、考え方を聞いたりしたことがある候補に票を入れるのか、というと、そうでもない。実はそういう候補に限って、案外票を入れたくない人が多いのだ。それは、普段からポスターがそこら中にに貼ってあり、選挙期間以外の演説では主義主張ばかり声を張り上げ、選挙期間ともなれば自分の名前を絶叫連呼するタイプの候補者だ。

では、どういう基準で票を投ずるのか。もちろん、それは選挙民それぞれの考えで入れるべきものであり、ここで私がどうあるべきということを言うつもりはない。ただ「こんな地方議員はいらない」と私が思っているタイプの候補者の特徴を述べてみたい。たぶん、どこの選挙区にも、「ああ、そういえば思い当たる」という候補がいるのではないか。

私にとって不要な議員候補は、次の3つのタイプだ。

1)反射神経だけで政策を語る「お調子者」

私の専門分野でいえば、「再生可能エネルギーによる地域おこし」に飛びつくような議員だ。もちろん、それは悪い政策ではない。しかし、流行だという理由だけでそう主張している「お調子者」の候補も多い。いや、真面目に考えているのだと反論する候補がいたら、その候補に次のような問いを投げつけてみれば、それがどの程度かすぐにわかる。

例えば、太陽光パネルを貼っただけの太陽光発電所を建てるだけで、地元の雇用が大量に生まれるのか? 太陽光発電事業の本社やパネルの不良動作をモニタリングしている会社は「東京都23区」にあるのではないか? 風力発電をむやみに進めて、地元の生態系や景観を破壊したり、低周波音による健康被害を引き起こしたりして、本来守るべきだった地元の自然を失うことにならないか……。

新聞やテレビやネットで「世界の潮流はこれ」とか「これから期待される事業はこれ」とか流れると、反射神経で飛びつく議員候補が山ほどいる。そして、その代表的宣教師のような人物を地元に連れてきては、それをむやみに推し進めようとしたりするのだ。それが自らの選挙区地域にとって、どういう意味で、どういう経路で、どういう方法をとれば真の利益になるのかを考えている様子がない候補は不要、というより有害だ。

2)問題解決に関心がない「運動家」

地方分権の流れの中で、今後ますます重要になってくるのは、地元の問題は地元で解決していくという能力と意欲だ

このタイプも掃いて捨てるほどいる。政治哲学や国家観、加えてイデオロギー闘争の場ともなる国政であれば、こうした候補がいても自然だろう。しかし、地方分権の流れの中で、今後ますます重要になってくるのは、地元の問題は地元で解決していくという能力と意欲だ。行政の長を選ぶ知事選はもちろんのこと、地方議会選挙でも政策や制度について一定の知識や経験を持つ議員が必要とされている。残念ながら、これまでの地方議員は与党の場合は「陳情型」、野党の場合は「運動型」の人が多かったように思う。

選挙区の問題をどう解決するかを考え、それを政策や制度の言葉や概念に翻訳し、議会での審議を通じて解決策を練り上げていく。それが政治の王道だ。だが、そんなまだるっこしいことはしてられないと思うのか、選挙区の生の声をそのまま行政にぶつけたり、何かと言えば反対反対と大きな声を張り上げたりして、その声を人に聞かせること自体が目的化しているかのような振る舞いをする議員が多い。

地方分権が進んでいくならば、さすがにこうした議員は淘汰されていくだろう。逆に淘汰されなければ、たぶん分権自体が進まない。

3)私財を投じることを避けまくる「ケチ」

昨年は地方議員のスキャンダルが目白押し、さらにここ最近は国会議員のスキャンダルも噴出している。倫理観や品性の欠如などいろんな言い方をされるが、では果たしてどうやって選挙前にそういう候補だと見抜けばいいのだろうか。人間だからもちろん弱点や欠点はある。それの一つ一つに目くじら立てていれば、議員候補は1人もいなくなるだろう。

公的な職に就いていい仕事をすることは、私財の蓄財と両立しない

なので、私は1点に集中してその候補の振る舞いを見ることにしている。それはその候補の「私財」についての感覚だ。私は、公的な職に就いていい仕事をすることは、私財の蓄財と両立しないと思っている。ましてや私財を肥やすために議員職を目指すという輩は、それを偽ったり隠したりして、候補として立候補することは許容されるべきではないとさえ思う。

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寄付などで得た政治資金や議員歳費等の税金が「私財」だと考えているとしか思えない言い草や、ちょっとした出費までポケットマネーではなく「経費処理」しようとする人物。こういう「ちっちぇー」候補には、私は票を入れることはない。なぜならこんな「ちっちぇー」肝と視野で、公的な発想や公平感を持って仕事をできるとはとうてい思えないからだ。

さあ、投票に行こう。

え……? 上の3つの条件をすべてクリアする候補にと言われると、棄権するしかないって?

著者プロフィール

澤昭裕
さわ・あきひろ

国際環境経済研究所所長

21世紀政策研究所研究主幹。NPO法人国際環境経済研究所所長。1957年大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業、通商産業省入省。1987年行政学修士(プリンストン大学)。2004年8月〜2008年7月東京大学先端科学技術研究センター教授。2007年5月より21世紀政策研究所研究主幹。2011年4月より国際環境経済研究所所長。

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