1 区議会議員がネタもってやってきた
統一地方選の原稿を書こうと思って、僕の住んでいる東京都練馬区にはどんな政策課題があるのか、安易にググって調べていてもどうもいまひとつピンとこない。この記事を読んでいる人の多くは「練馬ってどこ?」というイメージだろう。練馬は東京23区の北東に位置していて埼玉県と接する、23区ではわりと田園風景が残るところ。僕が住んでいる練馬区大泉学園は、最近は駅前開発が急速にすすんでいる。大泉学園は日本のアニメ発祥の地と自称していて、再開発のひとつのモニュメントとして、最近駅前にアニメの主人公たちの銅像がいくつもできた。『あしたのジョー』のジョー、『銀河鉄道999』の鉄郎とメーテルとか。でも最大の謎は駅前に3軒もなぜかドトールコーヒーがあることだったりする。ちなみに「学園」の由来は、そもそも戦前に一橋大学がくる予定だったことに由来すると思われる。その関係なのか、やたら大学の偉い先生が多く住んでいる。また作家やマンガ家も多い。近くのスーパーで、学界の大御所(♂)と生鮮食料品のタイムセールに並んで勝負かけてた、なんてこともたまにあったりする。
例えば区議会選挙レベルだと、本当に地域密着型だとは思うけど、意外や意外、それがネックになって何が問題なのか逆によくわからない。まさか「デフレ脱却」とかというわけにもいかないよな、と思って締切当時の昼さがりに考えあぐねてたら、インターホンが鳴った。
「はい」
「お忙しいところすみません。わたし、練馬区区議会議員をしております、かとうぎ桜子と申します。議会活動レポートをいまお配りさせてもらっております。できましたらポストに投函してもよろしいでしょうか」
なぬ! カモがネギしょってきたんじゃなく、区議会議員が原稿のネタもってきてくれたよ。
田中「あ、ちょっとお話ししたいことがあるのでお待ちいただけないでしょうか」
かとうぎ議員「(意外なリアクションに驚いた感じで)あ、はい」
というわけで家の庭先で、かとうぎ議員にいろいろお話をお聞きすることができた。いままで練馬区域選出の国会議員や都議会議員と意見交換することがあっても、恥ずかしながら区議会議員とは今回が実は初めてである(他の区の議員さんとはあるんだけどなぜか練馬ははじめて)。かとうぎ議員は、1980年生まれ、社会福祉士の資格も持っているとのことで、主に福祉関係に詳しい人だ。無所属の議員さんだが、定数50の練馬区議会では、生活者ネットワークの議員と生活者ネット・ふくしフォーラムという会派を組んでいる。
大泉学園駅前でもよく議会活動のレポートが書かれたビラを配布していたり、演説したりしているのを見かけることがある。ただ僕はほとんど話している内容もレポートの中味も、いままでろくに聞いたことも読んだこともなかった。彼女のケースだけではなく、他の練馬区議会議員の活動については、僕は本当に意識低い系の住民である。
かとうぎ議員に聞きたかったことは、いまの練馬区の最重要の問題は何か、だった。得意分野の関係もあるだろうが、やはり福祉問題だという。特に前回の選挙がちょうど東日本大震災のあった直後だっただけに、最初の2年間は防災と福祉との関係に取り組んでいたという。さらに最近では、精神障害のある人たちへの医療体制の充実も重視しているとのこと。自分の専門とはいえないが、と断りながら、関越自動車道高架下の高齢者センター建設に関わる問題(住民の反対運動が起きている)なども話してくれた。
ほかにはいまの議会の雰囲気についても聞いてみた。
田中「率直にいって、区民の区政に対する関心の度合いには不満とかあるでしょうね(典型はいま話している僕です)」
かとうぎ「そうですね。自分たちが問題に直面したときには、議会にも傍聴に来られますが、それ以外はなかなかですね」
確かにそうだ。僕の父親は同じ練馬区で長い間、不動産業を営んでいた。国政レベルでは自民党に投票していたと思う。だが、自分の店舗の近くに高層マンションの建設計画が立ちあがったときに、周辺住民と反対運動をしたことがある。そのときに一番、相談にのってくれたというので、区議会選挙では毎回共産党に入れていた。実に私的利害に忠実な投票行動である(笑)。区政、特に区議会議員の活動はあまりにも身近で、同時にあまりも大したものに思えなくて、多くの人にはほぼ他人事でしかないだろう。
ところでかとうぎ議員はいまの区議会のヤジについてもちらりと批判した。「あまり普通とはいえないヤジがある」と。東京都議会でも心ないヤジが問題になったが、そこまでひどくはなくても似たような状況だという。なるほど、それは今度、チェックしてみたいな、と思った。
最後に、「ところでリフレ派って知ってますか」と聞いたが、もちろん返事はNoであった(笑)。
2 合理的無知のままでいいのだろうか?
さて今回のように多くの区議会議員は、駅前でビラを配ったり演説したり、ネットで積極的に議員としての活動を発信したり、または小集会などの住民との意見交換の場を重ねている。おそらく多くの区議会議員は、住民から質問をされれば丁寧に答えてくれるだろう。そうでない議員ももちろんいるかもしれないが。ただ先も書いたように、区民の大半は区政にかかわる問題に直面していないと思っている。つまり政治的な利害関係者である、という意識が希薄である。
集団の規模が大きくなればなるほどその組織に属する人たちは、自ら負担して何か組織改善のために動こうとはせずにただ乗りを選ぶ
このような状況を、マンサー・オルソンという経済学者が分析したことがある。オルソンによれば、集団の規模が大きくなればなるほど、その組織に属する人たちは、自ら負担して何か組織改善のために動こうとはせずに、ただ乗りを選ぶだろうとしている。例えば、これを区政に置き換えてみれば、多くの有権者は区政の改善を熱心に行っても、そこから得る追加的な利益が自分の犠牲に見合わないことを知っている。そのため他者の努力にただ乗りをする方を選ぶだろう。またこのようなただ乗りは、区政がよくなろうが悪くなろうが知ったことではないとする「合理的な無知」を生み出すだろう。
オルソンは、ここで「分配結託」という考えを強調している。例えば、区民全体の利益に配慮することなく、自分たちの利益しか関心がないグループがあるとする(特殊利益集団)。直接自分たちに利害が発生する仕組みに集団がなっているので、こちらは規模が大きくなればなるほど、自分たち1人当たりの分け前が増えることに関心をもつ。つまり特殊利害集団は自分の特殊利害という目的に合わせて集団を最適化すること努力を惜しまない。手法も洗練化され、時には「世論」を偽って自分たちの組織の代弁を行うこともやるだろうし、「区民全体の利益になる」と称しながら、「非公共」的(=特殊利益集団の利益のみ増加するよう)な事業を、政治家たちをそそのかして行うこともある。
しかもオルソンが注目したのは、この特殊利益集団が、先ほどの「合理的無知」を決め込む多数の市民たちとで、事実上の「結託」をしていることだ。後者(市民)は、前者(特殊利益集団)のぼったくりが目に余っても、自分たちがただ乗りできることが妨害されないかぎり、それを無視するか、あるいは知らないことですますだろう。これが「分配結託」のひとつの解釈だ。
簡単にまとめると、「自分が迷惑に感じなければ、区の財政などが、特定集団のぼったくり被害にあっても、市民の多くはスルーが合理的。だって区政に関心をもつのって面倒なんだもん」というものだ。具体的には区議会選挙の投票率などに表れる。
このような「分配結託」を破るのはどうしたらいいだろうか? 現実にはなかなか難しい。ひとつには、投票するコストを引き下げることだ。投票できる場所を自由選択にする、駅前やスーパーなどに投票所を置く。車などで巡回投票所を運用するのもいいかもしれない。さらに仮説的だが、「合理的無知」でいることのコストを顕在化させることだ。つまり区議会選挙に投票しない人には事実上の課税をすることである(投票した人に減税するというオプションでも同じ)。だがこれは「民主主義」やら現在の法体系などから反論があるだろう。実際には、地道な地域密着型の啓蒙活動しかいまのところ有効な手段はないだろう。まあ、それが民主主義の王道ではあるんだけども。