ポリタス

  • 視点
  • Photo by 岩本室佳

真南風(マフェー)に乗って、沖縄が漕ぎ出す時がきた

  • TOYO (三線ミュージシャン)
  • 2018年9月25日

辺野古ゲート前の座り込みで辛いのは、機動隊に排除されたあと人間の鎖の中に閉じ込められ、工事車両が何台も何台も目の前を通過していくのを見る時間だ。自分はなんて無力なんだろう。敗北感に苛まれる。だからその間に三線で歌うことにしたんだ。周りのみんなの心を守るため「沖縄を返せ」をずっと歌っている。もう40分ぐらい経ったか? すっかり止めどきがわからないまま声がかすれてしまった。

辺野古に来るのが怖かったのも、そんな自分の無力感と向き合わなければいけないからだった。無力な石ころを積み上げては崩され、積み上げては崩され。そう、僕にできることなど何もない。沖縄戦で死んでいった者たち。土地を奪われた者たち。米兵の事故や犯罪に泣き寝入りした者たち。たくさんの悔しい想いが僕らの足元に地層のように積み重なっている。その礎(いしじ)に自分は立っている。そこに無力な石ころが一個積み上げられたんだ。ウヤファーフジ(ご先祖様)と、未来の子供たち。その過去と未来の時間の中で、自分は三線を弾いている。


Photo by Dominiek ter Heide (CC BY 2.0)

若い頃、那覇にいた時は、基地問題や沖縄の政治は良く知らなかった。その時もたくさんの大人たちが今の俺みたいに悩んだり苦しんだりして、子供たちのカジカタカ(風除け)になってくれていたんだろう。辺野古新基地を作られたらオスプレイ100機と軍港と弾薬庫、耐用年数200年。沖縄に常駐することが大して必要とも思えない海兵隊のためにサンゴを潰して作られる。本土の防波堤となって4人に1人の県民が殺された島に。70%もの米軍基地を押し付けられた島に。どんなに反対しても、反対の知事を誕生させても何万人も集まる集会を行っても、県民投票をしてくれと訴えても、巨大なブルドーザーがウチナーの尊厳を粛々となぎ倒していく。

身がちぎれるように悔しいよ。そんな光景を見させられる番が俺にも回ってきたんだ。誇りを失わずにその光景を見続けるのか。反対しても無駄だからせめていい取引に持ち込むのか。そんな沖縄人同士の綱引きを高みの見物で見ている人たち。自分に関係がないと思っている観客。沖縄の悔しさなど、1億人もいる日本人の中では100倍に薄められて、蒸発してしまうんだ。

その理不尽さを全身で受け続けてきた知事が亡くなった。突然の死が受け止められなくて、俺はひたすら絵を描いていた。翁長さんの横顔。慰霊の日にテレビで見た闘病中の姿だった。それがネットで大きな共感を呼び、たくさんの人たちの悲しみの依り代となった。


Illustration by 豊岡マッシー

相良倫子ちゃんの平和の詩を聞く翁長さん。きっと嬉しかっただろう。沖縄の子供があんなに立派に平和への思いを堂々と表現したのだから。その子供たちの未来のために、沖縄の父親のような翁長さんは命を削った。カジカタカとなって死んだんだ。

僕らに残してくれた帽子はエメラルドグリーンのハットだった。でもどうして翁長さんはこんな派手な帽子を用意していたんだろうか。衰えていく自分の生命に沖縄の美ら海の力を取り入れようとしたのだろうか。

県民大会では命をかけたバトンが座るべき椅子に置かれていた。この帽子を被ることのできる者が沖縄の本当の知事なのだ。命をかけた帽子なんだ。ユクシムニー(嘘つき)は被れるはずもない。太陽のように沖縄を照らすことのできる人間がこの海色の帽子を被るにふさわしい。


Illustration by 豊岡マッシー

若い人の関心も大きくなるに違いないよ。本土の人だって近しい気持ちを抱いてくれるかもしれない。基地問題も自分たちのことのように感じてくれるかもしれない。

デニーさんの親しみやすさに会場は笑顔で包まれる。人懐っこい笑顔はみんなを照らす太陽のようだ。翁長さんは県民のお父さんだったが、デニーさんは正にお兄さんなんだ。「ニーニー」なんだよ。これほど自分と距離が近いと思った政治家はいない。彼が知事になれば、県民みんなが県政と自分をとても近いものと感じるだろう。一人ひとりが当事者となって沖縄のことを考えるんだ。若い人の関心も大きくなるに違いないよ。本土の人だって近しい気持ちを抱いてくれるかもしれない。基地問題も自分たちのことのように感じてくれるかもしれない。

そしてデニーさんはアメリカと沖縄のアイデンティティを持つ。沖縄に多いハーフの子たちがそうであるように、幼い時にいじめに遭ったり、お父さんがいなかったりする。そんな子たちにとってもデニーさんの笑顔は希望の光に見えるはずだよ。大袈裟に言えば、オバマが大統領になったような感動があるんだ。わかる人は、それだけでも泣けてくる。新しい時代が始まるんだという気持ちが抑えられないよ。彼は、沖縄の負の側面まで一つに束ねることができる。オキナワを「大きな輪」でつなぐ可能性を持った人間なんだ。

「ウチナーンチュが心を一つにして闘う時にはおまえが想像するよりもはるかに大きな力になる」

翁長知事が息子の雄治さんに語ったという言葉だが――これは本当だ。日本人の100分の1しかいない沖縄県民。でも、その少なさが、逆に一つにまとまれる可能性を持っているとも言える。140万人が一つになったらどれほど強いだろうか。束になって繋がれば、ガジュマルの木のように台風にも負けない強さとしなやかさを発揮する。


Photo by Kabacchi (CC BY 2.0)

ウチナーグチ(沖縄方言)は、呪文のように県民の心を一つにするんだ。イチャリバチョーデー(出会えば兄弟)のチムグクル(真心)で沖縄はアジアの玄関口として、観光にも経済にも、大きく枝葉を広げていけるはずだ。太陽のようなリーダーが沖縄を照らせば、島にはたくさんの花が咲き誇り、たくさんの実を結ぶんだ。

「琉球国は南海の勝地にありて、三韓(朝鮮)の秀を集め、大明(中国)を持って捕車とし、日域(日本)を持って唇歯となす」

沖縄のアイデンティティといえばこの万国津梁の言葉だ。アジアの架け橋となった琉球国(リューチュークク)の気概だ。沖縄戦で瓦礫となった首里城。その焼け跡から蘇ったが僕らに伝えるメッセージ。知事室に掲げられる屏風にこの漢文が書かれている。その前で安室奈美恵さんが県民栄誉賞を受け取った。その光景を目の当たりにし、僕は琉球国の姫が帰ってきたかのような気持ちになって泣いていた。あなたの活躍でどれほどウチナーは救われただろうか。そして南米に、アメリカに、世界中に広がっているウチナーンチュたち。知っていますか? ハワイの州知事は、沖縄系のデービッド・ユタカ・イゲさんといいます。


Photo by Daniel Ramirez (CC BY 2.0)

沖縄が自信と誇りを持って世界へ、未来へ踏み出せるのか。大きな、大きな、岐路に立っている。

今、いい風が吹いているのは、翁長知事が命を捨てて吹かせた真南風(マフェー)だよ。

この真南風に乗って、沖縄が漕ぎ出していける時がきたんじゃないか?

新時代沖縄。ニューエラウチナーやさ。


Photo by 岩本室佳

著者プロフィール

TOYO
とよ

三線ミュージシャン

1968年 宮古島生まれ 首里育ち 東京在住。三線ミュージシャン。

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