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  • 論点

東京タワーのある街の「児童養護」政策――ネットでわかる“誠実な政治家”の共通点

  • 遠藤薫 (学習院大学法学部教授)
  • 2015年4月12日

イルミネーションの影で

私の住処は港区である。

港区といえば、各国の大使館や高層マンションの建ちならぶ高級住宅地、六本木や赤坂などのおしゃれな街、といったイメージが強いかもしれない。確かに、街を歩けば、TVドラマのなかに出てくるような素敵な眺めをそこここで見ることができる。東京タワーのベストショットを撮ろうとカメラを構えている人たちにぶつかりそうになることも多い。

Photo by iStock.com

この街には、必ずしも豊かではない人びとも暮らしている

だが、この街には、必ずしも豊かではない人びとも暮らしている。そして、さらにもう少し目をこらせば、同じ空間に生きているのに、まるで見えない存在のように扱われている人びとの姿も見えてくる。例えば、観光にやってきた人びとが歓声を挙げてカメラを構える東京タワー下の道路沿いには、路上を生活の場にしている人がしばしばじっと座り込んでいる。観光客も通勤の人びともそんな人の方に目を向けることはない。ただ、その周囲にちょっとした隙間ができるだけだ。彼らは、ある時期その場で寝起きし、しばらくするといなくなる。そしてまた少し時間が経つと、別の路上で暮らす人がまたそこにたたずんでいる。

Photo by Dick Thomas JohnsonCC BY 2.0

東京タワーの下の乳児院

東京タワーの下には、ひっそりと小さな乳児院もある。「乳児院」とは、「家庭で養育が困難な乳幼児を必要な期間、養育する」ためのものだ。

この施設は、大正12年の関東大震災のときに、被災した妊産婦と乳幼児の救護のために芝公園のなかにバラック式の応急診療施設を急設したのが始まりで、大正13年1月に正式開院した。昭和6年には地下1階地上3階の鉄筋コンクリートの近代的建物が建てられたという(80年前の福祉意識の高さに少し驚く)。

現在、ここには1歳から3歳までの35人の乳幼児が生活している。私が訪問したときも、職員の方に加えて、ボランティアの方々が熱心に世話をなさっていた。幼い子どもたちは、あどけなく笑っていた。

職員の方は、「かつては、入所理由として、両親の死亡が多かったのですが、最近は虐待が多いのです」と話してくださった。「子どもたちが心身に傷を負ってくることもあります。一生懸命世話をしますが、いまではさまざまな法律があるので、一定の年齢になったら自動的にここを出なくてはなりません。そのあとのケアが心配です」。「職員の数も十分ではありません。今日はたまたまボランティアの方たちが来ているので賑やかですが、そうでないときは寂しく感じることもあります」。「何より、建物も古くなったので、修理が必要です。でも、財源のめどはなかなか立ちません」。

Photo by OiMaxCC BY 2.0

地域の政治家たちは、子どもたちに目を注いでいるか

昨今、重大な社会的課題として、少子高齢化対策を挙げる人は多い。

また、その対策として、働く女性も安心して子どもを産めるよう、子育て支援の施設の拡充を訴える政治家も目立つようになってきたような気がする。もちろん子育て支援施設が拡充されるのはよいことだ。私自身、かつてとても困ったし、現在苦労している女性たちも目の当たりにしている。だから、子育て支援施設の増設、整備はとても重要だと思っている。

OECDの調査で、豊かなはずの日本で「子どもの貧困」が多いことが指摘された

しかし、子育て支援政策だけでは足りない。状況がすでにもっと悪化していて、親の死亡や貧困や病気、その他の問題によって家庭での養育が困難になってしまった子どもたちにももっと手をさしのべるべきだ。OECDの調査で、豊かなはずの日本で「子どもの貧困」が多いことが指摘されたのも記憶に新しい。

この問題は、むろん、港区に限ったことではない(そもそも児童養護施設や乳児院は都の管轄で、区にはこの問題に関する権限はない)。また、港区は、必ずしも高齢社会とはいえない(図1)し、児童扶養手当受給者数も23区のなかで少ない方だ(図2)。

図1 港区の人口構成

図2 児童扶養手当受給者数(地域別総数、平成24年度末、データ出所:東京都資料)

だが、だからといって、この街で、児童養護問題がなおざりにされていいはずもない。

むしろ、子どもの問題は地域によって大きく事情が異なる。だからこそ、区のレベルでの取り組みも重要なのではないだろうか。

区議会議員になるかもしれない人たちに「聞いてみた」

2015年4月の統一地方選挙では、港区議会議員選挙も行われる(ちなみに、前回2011年地方選挙では、定員34名に対して立候補者54名、投票率は35.49%だった)。

そこで、この選挙に立候補しようとしている人たちが、「児童養護施設」問題についてどのように考えているか、聞いてみようと考えた。港区議会選挙の有権者として、子どもたちの力になってくれる候補者を知りたいと思ったのだ。

公示日4月19日、投票日4月26日なので、この原稿を書いている時点(原稿〆切4月9日)では、立候補者はまだ確定していない。そこで、現区議会議員と、選挙情報サイトなどで立候補予定者とされている人のうち、公式サイトを開設しており、そこにネットでの問合せ先が明示されている人を抽出した(私のやりかたが悪かったのかもしれないが、抽出できたのは29名だった。ネット選挙の時代なのにやや寂しい結果だ)。

そして、その問合せ方法に従って、児童養護施設や乳児院に関する政策を考えているか(考えていればその概要も)を聞いてみた。

「聞いてみた」結果

その結果、問い合わせてから4日以内に回答してくれた区議(またはその候補)はわずか8名だった。約28%の回答率(聞き方が悪い、とかいろいろこちらの責任もあるだろうが、少なすぎない?)。

その内訳は、政党別では、A党1名、B党4名、C党1名、無所属2名。身分としては、現区議6名、元区議立候補予定者1名、新人立候補予定者1名。男女別では、男性6名、女性2名。年代別では、1940年代生まれ2名、1950年代生まれ3名、1960年代生まれ2名、1970年代生まれ1名、という分布だった。

図にすると図3のようになる。 

図3 回答の内訳

送られてきた回答は、ほとんどが誠実で正鵠を射たものだった。

いちばん早かった回答は、問合せしてからわずか30分後に届いた。しかも、丁寧で謙虚な人柄がうかがえる文面だった。「すごい!」と感激したが、その後はなかなか届かなかった。

政党別で、B党の所属議員の回答者が多いのは、B党が党の政策として児童問題を推進しているからかもしれない。

メジャー政党からの回答があまりなかったのは、残念だ。また、母親目線を掲げる女性候補からの回答が少なかったのも不思議だ。

そもそも、港区の地域政治家たちのほとんどは、公式サイトで「子ども問題」を大きく訴えている。それなのにこの回答率は低すぎないか? またいただいた回答も、「お考えを簡潔に」とお願いしたせいかもしれないが、模範解答的なものが多く、やや独自性や具体性については物足りない感じもした。

ちゃんとネットで答えてくれる政治家サイトの共通点

というわけで、ハンディを負った子どもたちに対する地域の政治家の「熱い語り」を期待した私はいささか空振りだった。

だが、別の面で、気づいたことがある。

港区でさえ、すべての候補者がネットを活用して情報発信しているわけではない

「統一選挙で初のネット選挙」とか煽ろうとする声もあるが、そもそも東京のど真ん中の港区でさえ、すべての候補者がネットを活用して情報発信しているわけではない。

ましてやネットから「問合せ」しても、大部分の政治家は、そんなもの迷惑メールだと思うのか、ガン無視である。「ネット選挙なんて夢まぼろしだよ」といわざるをえない。

ただし、そんな状況でも、ちゃんと「問合せメール」に返信してくれる人もいる。それなりにきちんとした回答である。

しっかり回答してくれる政治家のサイトには次のような共通した特徴がある。

1)動画や素敵イメージ満載のかっこいいサイトではない

2)情報はしっかり入っているが、手作り感が濃厚

3)でも主張しようとする姿勢は明確

つまり、この人たちは、ネット戦略の専門家を雇って小洒落たサイトをつくれるほど潤沢に選挙資金をもっているわけではない。しかし、できる範囲で、ネットを通じた有権者とのコミュニケーションにもしっかり対応しようとしている政治家なのだ(少なくとも返事をくれない政治家よりは)。

Photo by iStock.com

これは、ウェブサイトから政治家を評価する一つの基準になるかもしれない。

お洒落なサイトなんかいらない。政治家は政策を語ってくれればいい。有権者の問いかけに答えてくれればいい。

少子高齢化の時代、もっとネットを政策対話の場にしよう

返ってきた回答の一つに、「今は選挙で忙しいので、児童養護については、選挙後にもっとじっくりお話ししたい」という文言が入っていた。少し気になった(その回答は、決して粗略なものではなかったのだが)。確かにお忙しいだろうが、ネットでの対話も、まさに選挙活動の一つじゃないんだろうか?

ネット経由の「問い」は「切実」じゃないみたい

ある新聞記者さんが、「候補者のなかには、ネット選挙とかいっても、やっぱりリアルな場で有権者の切実な悩みに答えてあげないと票にはならない、と考えている人も多いようですよ」と言った。これも気になる。まるで、ネット経由の「問い」は「切実」じゃないみたいだ。そんなはずないだろう。私は少なくとも結構切実に「聞いてみた」のだ。

ましてや、この少子高齢化の時代、多くの人が生活に追われて余裕のない時代、リアルな場(って演説会場とか? 後援会とか?)に行ける人はどのくらいいるんだろう? 身体が弱い人、身を粉にして働き続けなければならない人、そんな人たちはこれまで「リアルな場」に行けなくて、「切実」な声を政治家に伝えることもできなかったんじゃないのか? そんな問題を解決するのが、ネット選挙の本来の意義の一つだったんじゃないのか?

身体が自由にならなくなったときこそ、ネットが必要不可欠になる

「でもね、高齢者はネットを使えませんからね。無理ですよ」という人もいる。でもね、身体が自由にならなくなったときこそ、ネットが必要不可欠になるんじゃないですか? 「高齢者はネットを使えない」と決めつけないでほしい。統計を見れば、年々、高齢者の利用率は高くなっている。ネットで回答してくれた人だって、年代による違いはほぼない。まだネットに慣れていない有権者がいるとしたら、(防災のためにも、医療のためにもネットは必要なのだから)、そうした人たち向けのネット利用支援策を考えるのが筋ってものじゃないのだろうか?

Photo by tenaciousmeCC BY 2.0

東京タワーの下には、幸福に生きる権利を持った子どもたちがたくさんいる。彼らのためにも、地域の政治は多くのことができるはずだ。そして、ネットに限るわけではないが、あらゆる方法を十二分に活用して、有権者と地域政治家はもっと政策について語りあった方がいい。それが原点だ、と思う。

著者プロフィール

遠藤薫
えんどう・かおる

学習院大学法学部教授

学習院大学法学部教授。専門は社会学(社会システム論、社会情報学)。主な著書に、『インターネットと〈世論〉形成』(編著、東京電機大学出版局,2004)、『メタ複製技術時代の文化と政治』(勁草書房,2009)、『三層モラルコンフリクトとオルトエリート』(勁草書房,2010)、『グローバリゼーションと都市変容』(編著、世界思想社、2011)、『メディアは大震災・原発事故をどう語ったか』(東京電機大学出版局,2012)、『廃墟で歌う天使』(現代書館,2013)、『間メディア社会の〈ジャーナリズム〉』(編著、東京電機大学出版局,2014)、その他多数。

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