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  • Photo by 津田大介

お祭りと運動会

  • 岸政彦 (社会学者)
  • 2017年10月21日

すこし前、北田暁大さんや稲葉振一郎さんたちと「リベラル懇話会」というものをつくり、数十人の研究者が集まって数週間でだだっと、反緊縮とリフレと再分配とマイノリティの権利擁護などを中心とした政策提言のようなものをつくって、(当時の)民主党の岡田代表のところに持っていった。1時間ぐらいだったか、こちら側からプレゼンして、質疑応答みたいになったときに、岡田さんはとにかく財源がないんだ、という話と、これを発表してほんとに支持率が上がるのか、という話をされていた。

私はなんとかわかってもらいたくて、いろいろ一生懸命しゃべったのだが、そのときに同席されていた辻元さんに向かって「福島先生! 福島先生!」と喋りかけてしまい、会合が終わってから

辻元や!」

とお叱りを受けてしまった。こちらはもう大汗をかいてひたすら謝ったのだが(まわりのメンバーも石になっていた)、辻元さんは笑っておられて、さすがに面白い方やなあと思った。

その民主党も今はもう、ない。よくわからない経緯で、よくわからないことになってしまって、今回の選挙ではもう、あるのかないのかすらよくわからない。

     *  *  *

すこし前にここに文章を依頼されていて、なんとか何か書こうと思っているうちに、うまく書けないまま、投票日の前日になってしまった。今回の選挙ではやはり立憲民主党がもっとも話題になっていた。希望の党としては期待外れだっただろう。


Photo by 津田大介

ネットでいちばん盛り上がったのは立憲だったが、やはり、もちろん、実際の選挙となるとわからない。あんまりそういうところで結果は動かないだろう、ということは、過去何回かの選挙で身にしみている。

     *  *  *

数年前だが、大阪市のディープサウスにある商店街で再開発構想が持ち上がり、賛成派反対派の方に話を聞いたことがある。その商店街はほとんどシャッター街のようになっていて、そこに突然、怪しい「自称コンサル」のおっさんが外部から入り込んできて、いろいろよからぬことをした。都市再開発法という法律を悪用して、下町の長屋や文化住宅をすべて強制的に取り壊して、豪華なタワーマンションを建てようとしたのだ。

名前をいえば誰でも知ってる超大手ゼネコンも絡んできて、かなり危ないところまでいったのだが、住民たちが反対運動を展開しているあいだに、その計画はいつのまにか自然消滅した。そのおっさんはどこかへ消えてしまった。

もとはといえば、その商店街が寂れてシャッター街になって、商売がたちいかなくなったことが原因だったのだが、周辺で聞き取り調査をしたり、ネットで調べたり、市役所に行ったり、公文書をひっくり返したりしているうちに、他のところも含めて、大阪の商店街についていろいろと面白いことがわかってきた。

たとえば、商店街組合の名義で銀行の地元支店から巨額の融資を受けていて、それが焦げ付いてしまっていたりとか、江戸時代から続く地元の大地主の一族が、財産分与をめぐって裁判沙汰になるほどモメていて、そこに台湾人ヤクザが絡んだりとか、そういう話をたくさん聞いた。

どこにも書く予定はないけど。


Photo by nakimusi (CC BY 2.0)

それで、面白かったのは、寂れた商店街で商売に行き詰まった商店主が、みんな大阪維新の会支持だったことだ。維新支持がいいかわるいかはまあ、個人の思想信条の問題なのでそれは別として、なるほど「維新的なもの」は、こういうところから出てくるのかと思った。

大きな枠をいじったり、万博とかオリンピックみたいなものを持ってきて、まるで魔法のように景気が良くなりますよとか、公務員がサボッて高い給料もらってるの許せないですよねとか、そういうことを言われて、そういうことに期待をかける。

地元商店がどうなっているかをよく教えてもらうと、そういうことも、しょうがないかもな、と思う。

この件を調べたのはいまから数年前のことだったけど、それからこのことがずっと私の頭の片隅に残り、たとえばトランプの選挙を見るたびにかれらの顔が浮かんだ。

大阪では相変わらず維新が強い。ものすごく強い。橋下人気も相変わらずで、上から下まで大阪人はほんとに、橋下好きなひとが多い。それからもちろん、自民党も強い。それから公明党。

     *  *  *

選挙って何だろうと思う。

ネットや街頭を見てると、選挙って、お祭りだなと思う。でも、大阪の地元の古い商店街が抱える、それこそ高度成長期、戦時中、戦前、明治、江戸から連綿と続くいろんなごたごたについての話を聞いた上で、選挙について考えると、お祭りっていうのともちょっとなんか違う、もっと日常的で、慣習的で、お役所的で、とてもヌルい何か別のもの、たとえば「運動会」に近いんじゃないかなと思う。

もうちょっと正確にいうと、そういう、地元に長く住んでるひとしか知らない、古い歴史のあるごたごたを、「運動会」みたいなもののなかで、どうにかこうにかやりくりしてきた、ということだ。選挙は、あるいは政治は、そういうものとつながっている。というより、そういうもの、そのものだ。


Photo by MIKI Yoshihito (CC BY 2.0)

昭和の時代の運動会は、子どもたちが一生懸命走ったり飛んだり投げたり戦ったりするところを、じいちゃんばあちゃんみんなでお弁当つくってお酒を飲みながら楽しむ、遠足とかお花見みたいなものだった。もう運動会というものを35年ぐらい見てないけど、今でもそうなんだろうか。

真ん中の広場で子どもたちが戦って勝ったり負けたりするところを、家族や親戚や町内会のひとたちが集まって、酒を飲みながら楽しむ。そういうものが、運動会だったり、プロ野球だったり、紅白歌合戦だったり、昔の日本にはたくさんあって、そのうちのひとつがたぶん、選挙だった。

ネットが幅をきかすようになってこの風景もずいぶん変わってしまったけど(小泉あたりからだろうか)、自営業者がどんどん減って雇用者ばかりになってしまって、家というものが仕事から帰ってきて寝るだけの場所になっていって、地域社会というものがますます希薄になってしまったけど、しかしそれでも、たとえばこういう話がある。ある地方議員が愚痴を書いていて、夜中にいきなり飲み会の席に呼び出される、と。それは、夜中にスナックとかで飲んでて、「俺が一本電話したら議員が飛んでくる」みたいなことを周りに見せびらかしたいからなんだそうだ。

     *  *  *

たまに新聞に載ったり一部のラジオに出たりするようになって、先日はテレビにも出してもらって(屋台のバーでテキーラを飲む番組だった)、さいきん友人から冗談で岸さん選挙出てくださいよと言われるようになったが、連れあいの齋藤直子(『結婚差別の社会学』勁草書房、2017)からは、(もちろんこれも冗談だが)選挙への出馬を固く禁じられている。

私もそんなもの出る気は毛頭ないけれども、彼女が言うには、選挙って本人がやるもんとちゃうねんで。誰が地元で挨拶まわりすると思ってんねん。あれはぜんぶ、「ヨメ」がやるねんで。支持者まわりも、組合への挨拶も、商店街の寄り合いにいくのも、「岸政彦のヨメでございます」っていって、私が頭下げて回るねんで。そういうことが得意な人だったらいいけど、私は絶対に御免やで。

     *  *  *

あしたの選挙の結果がどうなるかはわからないが、個人的には立憲民主党に頑張ってほしいけれども、そんなに劇的な結果にはならないだろうとも思う。小選挙区制だし、自民党1強の構図は変わらないだろうと思う。あとは立憲と希望がどれくらい伸ばすか、伸ばせないかとか、そういうことだろう。(私の予想は本当によく外れるので、これもわからないけど。ものすごく予想外の結果がでるかもしれない)

地域社会から完全に遊離してしまった私たちの目には見えづらい何かの秩序、何かの構造がある。地域社会がこれだけ衰退していても、まだネットのフラッシュモブみたいなものには完全に還元できないような、何かが。

この社会の「グラウンド」に、人びとのつながりや夢や欲望が確実に存在していて、そこで運動会が今日もおこなわれているのだ。

私たちは、この社会のことを、この世間のことを、この国のことを、どれくらい知ってるんだろうと思う。


Photo by HeungSoon

著者プロフィール

岸政彦
きし・まさひこ

社会学者

1967年生まれ、大阪在住。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。専門は沖縄と生活史。主な著書に『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』『街の人生』『断片的なものの社会学』『ビニール傘』、共著に『愛と欲望の雑談』(雨宮まみ)『質的社会調査の方法──他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇、丸山里美)など。

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