ポリタス

  • ハイライト
  • Photo by ポリタス編集部

陸前高田に見る、7年の憂鬱

  • 津田大介 (ポリタス編集長)
  • 2018年3月11日

大地震、大津波、原発事故という未曾有の複合災害に見舞われた東日本大震災から7年の月日が経つ。その間「復興」はどの程度進んだのだろうか。

復興庁は2016年3月までを「集中復興期間」、それ以降を「復興・創生期間」と位置付け、発災以来いくつかの指標にフォーカスして東北被災地の復興の進捗状況と今後のロードマップを定期的に公表してきた。

2018年1月に公開された『東日本大震災からの復興に向けた道のりと見通し』によると、震災前と比較した被災者用住居の復興度は、民間住宅等用宅地で80%、災害公営住宅で92%。2018年度末には住まいの確保に関する事業の大枠が完了する見込みとなっているほか、医療施設は97%、学校施設は98%が復旧している。

各種インフラの復旧は2016年までに概ね終了した。2015年3月1日には常磐自動車道が全線開通。復旧作業の遅れていた鉄道もここ数年で作業が進み、2020年春にJR常磐線が全線開通する予定だ。


Photo by ポリタス編集部

農業(営農再開可能面積)は84%、漁業でいえば水産加工施設は93%まで復旧。そして観光業は日本全体のインバウンド伸張の影響を受け、2016年には外国人宿泊者数が2010年比128%となった。

これらの数字に着目すると、確かに「復興」は進んでいるように思えるが、これはあくまで被災地全体をマクロに見た話でしかない。復興の状況は、被害の規模や福島第一原発事故の影響などにより、それぞれの被災自治体で異なっている。

高さ18メートルの津波(東北大学東北アジア研究センター石渡明教授調べ)に襲われた岩手県陸前高田市は、人口の7.75%に当たる1807人が犠牲となり、市庁舎をはじめとする行政・商業の中心部がすべて津波に呑まれ、もっとも被害の大きかった自治体の一つである。


Photo by ポリタス編集部

被害の甚大さを鑑み、同市の復興計画は高さ12.5メートル、全長約2kmの巨大防潮堤を整備し、市の中心部である高田地区と、高田地区から気仙川を隔てた今泉地区の合わせて約300ヘクタールを10~12メートルかさ上げする内容になった。防潮堤の事業費は約310億円。かさ上げを行う土地区画整理事業の事業費は、今泉地区で約760億円。高田地区で約600億円と、いずれも被災地最大規模である。


Photo by ポリタス編集部


Photo by ポリタス編集部

しかし、このことが同市の復興を遅らせる大きな要因にもなっている。

東京オリンピック誘致が決定したことは陸前高田にとって想定外のことだった。オリンピックは、資材の高騰や建設作業員の人手不足をもたらし、土地区画整理事業の停滞を招いた。当初は2018年度終了予定だったかさ上げの作業は、2020年度終了予定に変更された。

陸前高田市と対照的なのが、宮城県女川町だ。同町は、東日本大震災に伴う津波により、陸前高田を上回る8.68%の住民が犠牲となったが、復興計画を行政に一任するのではなく、住民主体のまちづくり協議会、商工会、行政が一丸となって作成したことでほかに類を見ないユニークな復興計画を実現した。


Photo by ポリタス編集部

もっとも大きな特徴は、宮城県内で唯一、巨大防潮堤の建設を行わないことを決めたことだ。巨大防潮堤の代わりに明治三陸津波と同程度の津波を防げる標高4.4メートルの防波堤を建設。同時にかさ上げにもメリハリを付けたことで、港湾機能の回復や具体的なまちづくりの着工に早く進めることができた(陸前高田の広田湾に面する高田地区海岸に整備中の防潮堤がほぼ完成したのは2017年1月のこと。高田地区以外の市内全域の防潮堤が整備されるのはまだまだ先だ)。


Photo by ポリタス編集部

女川は、メモリアル公園や漁港施設がある海岸沿いエリアは沈下量相当の原型復旧とし、商業施設や津波避難ビルが入る市街地は約4メートルのかさ上げに留めた。その一方で、居住エリアには約10メートルのかさ上げを行い、今回と同程度の津波が来ても浸水しないようにした。巨大防潮堤をつくらず、必要最小限のかさ上げしか行わなかったことは復興の速度を早め、震災から4年後の2015年3月にはJR女川駅が復旧、同年12月にはテナント型駅前商業施設「シーパルピア女川」がオープンした。


Photo by ポリタス編集部

女川が着々と復興の歩みを進める一方、大規模なかさ上げのために後れを取った陸前高田は、2017年4月に大型商業施設「アバッセたかた」をオープンした。先の見えないかさ上げ工事の土山に囲まれ、唐突にその一角だけが完成しているため、作業が延び延びになっていることを否応にも感じさせる状況だ。


Photo by ポリタス編集部


Photo by ポリタス編集部

こうしたかさ上げ作業の遅れは、街全体の復興計画だけでなく、住民生活やNPOの活動にも影響を与えている。

2011年10月に、陸前高田で立ち上げられた認定特定非営利活動法人「桜ライン311」。同団体は陸前高田市内約170kmにわたる津波到達ラインに10mおきに桜を植樹し、ラインに沿った1万7000本の桜並木を作ることで、後世の人々に津波の恐れがあるときにはその並木より高台に避難するよう伝承することを目的として設立された。


Photo by ポリタス編集部

2018年3月10日時点の植樹実績は1324本。植樹期間は20年を予定しているが、現状のペースでは間に合わない。

同団体の岡本翔馬代表によれば、復興計画が道半ばであることが「桜ライン311」の活動ペースを落としているという。

「津波到達ラインの多くが、かさ上げエリアの範囲内なので、作業が終了するまでは植樹できないんです。せっかく植えた桜が土地区画整理事業の変更でかさ上げ対象になり、抜かなければいけないこともありました」

桜ライン311は、津波到達ラインに桜を植えるというコンセプトであるため、植樹には地権者の許諾が前提になる。だが、都市計画が定まらない限り、地権者との交渉もむずかしい。復興の遅れがじわじわと活動に制限を加えている。

「震災前の高田は住民と行政の距離が近かったし、大きな不満もなかったんです。ところが、震災後は住民と行政に距離ができてしまった――」

そう語るのは、震災前から陸前高田で地域づくりに取り組んできたある住民だ。

「当初よりかさ上げ工事が遅れていることで、復興をあきらめて地元を離れたり、廃業する人もいます。これだけの規模の都市計画ですから、以前のように連絡を密に取ることができず、いちいち住民に報告するのもむずかしいんでしょうが、行政から住民に対してアナウンスが少ないので、いまどうなってるのか住民はわかりません」


Photo by ポリタス編集部

聞けば、復興計画を誰がどのように進めるかでも揉めているという。

「陸前高田には、奇跡の一本松と、道の駅高田松原タピック45、下宿定住促進住宅、旧市立気仙中学校という4つの震災遺構があります。震災遺構は、2013年に復興庁が1自治体1件限りの財政支援策を打ち出したため、1自治体に1件というのが基本になっているんです。ところが陸前高田の場合は、奇跡の一本松を国が管理して、ほかの3件は県と市が協議することになっているんです。市は元々一本松と、タピック45だけを遺す予定だったんですが、2012年秋に県から、下宿定住促進住宅と旧市立気仙中学校を遺すよう要請されたため、4つの遺構が残ることになりました。近隣自治体では、1自治体1件の原則でやむなく壊した遺構もあるので、そうした自治体から『陸前高田だけ優遇されている』というやっかみの声も聞こえてきます。問題は、4カ所の震災遺構が国と県と市で共同整備する『高田松原津波復興祈念公園』内にあるということ。『船頭多くして船山に上る』の典型になっていて、お互いに責任を押しつけ合い、どこが主導権を持って整備を進めているのかわからなくなってしまっています。このままだと2020年度末に完成という予定も危ういんじゃないかと不安視する声もあるんです」


Photo by Sakaori(CC BY 3.0)


Photo by ポリタス編集部


Photo by ポリタス編集部


Photo by ポリタス編集部

住民の危機感は相当なものだ。在京マスコミに対する不満も溜まっている。

「“何かできたとき”だけ来て、それだけをお祝いムードで報じるのをやめてほしいんです。実際に高田に来てみれば、かさ上げ途中のいびつな山々の中にきれいな商業施設だけがポンと置いてあることがわかるでしょ。こんなので“復興”なんて住民は思ってないですよ。とにかく、高田に来て、僕たちが抱えている現実を直視してもらいたい。震災からもう7年。今後ますます形だけの、アリバイ的な取り上げ方をする報道が増えていくことは目に見えています。どうかここで暮らす人々の、生の声をすくい上げてほしいです」

震災から7年が経ち、数字の上での“復興”は進んだ。しかし、その一方でいつまでも終わらないかさ上げに苛立つ住民がいることも忘れてはならない。


Photo by ポリタス編集部

著者プロフィール

津田大介
つだ・だいすけ

ポリタス編集長

ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ポリタス編集長。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学文学学術院教授。大阪経済大学情報社会学部客員教授。テレ朝チャンネル2「津田大介 日本にプラス+」キャスター。J-WAVE「JAM THE WORLD」ニュース・スーパーバイザー。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践。 世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2013」選出。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ)、『「ポスト真実」の時代』(祥伝社)ほか。2011年9月より週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。

広告