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辺野古に暮らす私たちの願い

  • 飯田昭弘 (辺野古商工社交業組合会長)
  • 2015年7月13日

2014年11月の県知事選挙で、翁長さん10万票差をつけて勝ちました。割合でいうと、県民の6割が翁長さんを支持し、4割は支持しなかったということになります。翁長さんが勝ったことで、辺野古の地域的に大きな変化がもたらされたかというと、あまり状況は変わっていません。

翁長さんは現政権の「粛々」という言葉に強い抵抗を示しましたけど、私はウチナーンチュであると同時に日本人としての自意識も持っています。国防や国益論を前面に打ち出して「辺野古に基地が必要だ」と言われたら、それを全否定することはできないです。とはいえ、基地が来るなら来るで、土足で来られるのは困ります。珊瑚をつぶして海を埋め立てる。騒音被害をまき散らすオスプレイを配備する。誰が見たって、心情からいうとそれは来てほしくありません。私だって本音を言えば基地はいらない。


Photo by PIXTA

これは沖縄に限ったことではなくて、みなさん同じだと思います。

原発も基地も、住民からすれば「迷惑施設」なんですよ。そういう面があることは誰も否定できないはずです。そのうえで私は辺野古の商工会長としての立場から「どうせ基地が来るのなら、若い世代が定着して、末代までここで暮らしていけるようなまちづくりを目指してほしい。そこはちゃんとしてくれよ」と言いたい。それだけの話なんです。


Photo by 初沢亜利

基地移設問題は辺野古にとっては100%条件闘争

まちづくりの話だと考えてもらえるとわかりやすいと思うのですが、ここは過疎化の進む小さな港町です。本来そうした一地域のまちづくりについて、市や県を飛び越えて国の予算でどうこうできるものではないですよね。たとえば私たちが「ここからここの海は絶対に守りましょう」と、海浜公園のようなものを提案するとしますよね。もちろんこれまでにもそうしたまちづくりの要求は出してきましたが、市長や県知事が「基地は絶対に作らせない」というスタンスになっていると、少しでも普天間移設とリンクするような内容であった場合、NOという判断が下されます


Photo by 津田大介

われわれ地元の住民は「基地が来ることを前提とした未来」も考えなければいけない

しかし、われわれ地元の住民は基地が来ようが来まいが、辺野古で生きていかなければならない。行政のトップが「絶対反対」と主張していても、「基地が来ることを前提とした未来」も考えなければいけないんです。だから辺野古住民にとって基地移設問題とは、賛成・反対の話ではなく、100%「条件闘争」なんです

基地で経済は潤うが安定しない

私は辺野古が一番栄えていた1960年代に20歳を迎えました。キャンプ・シュワブができてベトナム派兵で賑わって、社交街のアップルタウンが整備されました。その頃の辺野古にはお店が200軒あったのが、いまは12~3軒まで減ってしまった。キャンプ・シュワブがなくなったわけでもないのになぜか。全盛期のキャンプ・シュワブには2000名ほどの米兵がいたのが、現在は250名まで減ってしまったからです。

辺野古の商工業振興については、脱基地依存経済を目指して岸本建男前名護市長国立沖縄高専を誘致したり、金融IT特区を打ち出したりしましたが、あまり効果はありませんでした。それらの施策を打ったことで昼間人口は4000人から5000人くらいまで増えたんですが、買い物ができない、遊ぶ場所がない――さびれた町になってしまった辺野古に、その人たちは住んでくれないんです。彼らの大半は山を越して西側の名護市街に住んでいます。便利で遊ぶところもたくさんありますから、そっちがいいと言うんです。


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「基地の恩恵」は軍用地料だけじゃない

辺野古に、3000億とも5000億とも言われる北部振興予算のうちのいくらかでも落ちていれば、この辺りの事情は少し違っていたかもしれません。一例を挙げると、辺野古には下水道がありません。日本の80%近くの世帯で、当たり前に整備されているはずの下水道が、です。一度、基地の話と紐づけて下水道整備の話が出たのですが、仲井真前知事の「いい正月」発言で立ち消えとなってしまいました。いま、もし下水道がない辺野古で集合住宅を作るとすると、200人賄える浄化槽を1000万円のコストをかけて作らないといけません。それを個人で負担させるのかという問題があるわけです。インフラ整備に関していえば、どうしても人口の多いところが得をします。予算が落ちる名護市街には立派な公民館やコミュニティーセンターができるのに、辺野古はなぜ……という思いがあります。


Photo by PIXTA

私たちは何も特別なことを要求しているわけではありません。下水道がほしいとか、スーパーが一軒もない町ですから小さなスーパーを作ってほしいとか、高専の学生や子どもたちが海水浴ができる海浜公園を作ってほしいとか、そういう普通のことなんです。

真の問題は莫大な予算が行き届かないこと

そういう話をすると、「そもそも基地依存がよくなかったんじゃないか」と言う人がいます。しかし、そもそもこの辺り一帯は、畑ができるような土地ではありません。そこをキャンプ・シュワブが軍用地として借り上げて、辺野古は軍用地料の恩恵を受けています。このあたりが外の人には複雑に映るかもしれません。


Photo by DVIDSHUBCC BY 2.0

でも、こう考えてみてください。すでに軍用地料の恩恵を受けている地主さんにとって、新しい基地を作る必要はあるのか? と。彼らはキャンプ・シュワブがあれば生活できるんじゃないかと。

莫大な北部振興費が最低限度も辺野古という地域に行き届いてないということが、この問題の本質

つまり、軍用地料うんぬんよりも、莫大な北部振興費が最低限度も辺野古という地域に行き届いてないということが、この問題の本質なんです。個人の損得の話には収まらない、「地域」の話として誰も耳を貸してくれない。行政もメディアもです。これまでキャンプ・シュワブの基地負担を引き受けてきたのに「結局一番損をしているのは辺野古じゃないか」と不満を抱く住民が多くいる理由はここにあります。

経済人も反対派も地元のことは考えていない

地元・辺野古と県のコミュニケーションが不足していることはまったくありません。人口の多い都市部であれば、基地をすべてなくした方が、それこそ100倍の経済効果を生むということも夢じゃないと思います。しかし、辺野古は空港からも遠く、ショッピングモールをつくったとしても経営的に厳しいでしょう。「基地をなくして、リゾート開発をすればいい」と一部の経済人は言いますが、いまある軍用地をすべてその人たちが買ってくれて、本気でこの地域に入り込んで共に未来を考えてくれるわけではない――その意味では、いまキャンプ・シュワブのゲート前で反対運動をしている人たちも、必ずしもこの地域のことを考えて反対しているわけではないと思います。


Photo by 熊本博之

本音を言えば、静かな暮らしを返してほしい

反対運動をしている人たちが、ゲート前で「ヤンキーゴーホーム」と叫ぶと、米兵はゲートの外に出てこなくなります。そうすると地元住民と米兵同士の交流にも支障が出ます。では反対する人たちが地元住民とどう接しているのか。私はこれまで何度か、難しいかもしれないなと思いながら、反対してる人たちに「辺野古の地元で食事をしたりお弁当や飲み物を買ってもらえないか」とお願いをしました。しかし、「活動のために出費を抑えないといけないから」という理由で断られました。辺野古には軍用地で食べている人もいれば、お店をやって食べている人もいます。これではますますお店が潰れていく一方です。それで、連日拡声器でやいのやいのと騒がれると「うるさいのはむしろ基地ではなくてあなた方ではないですか」というように見る住民も出てきます。本音を言えば、静かな暮らしを返してほしい。そう思う人がいても仕方がないのかなと感じます。

反対運動をしている人たちの望みが叶って、辺野古に基地が来ないと決まったときに、彼らがわれわれと一緒に辺野古の今後のまちづくりについて考えてくれるでしょうか? 残念ながら、現状の答えはNOだと思います。


Photo byX初沢亜利

オール・オア・ナッシングはあり得ない

反対運動をしている人たちと地元のいろいろな立場の人たちが対話や交流をする場もない

ゲート前に集まる人のなかに地元の人間がまったくいないわけではないので一概には言えませんが、反対運動をしている人たちと地元のいろいろな立場の人たちが対話や交流をする場もないんですね。地元・辺野古には反対派だけではなく、条件付きで基地受け入れに賛成する派もいますし、なかには経済的なことではなく国防的な観点から基地を受け入れてもいいという立場の人もいる。何も反対運動をする人に限った話ではありません。みなさん問題の是々非々には関心があってもその理由について知ろうとしない。理由はバラバラなんです。

ただひとつ「地元の総意」があるとするならば、「『ほかに案がないからここに基地を作らせてくれ』と頼まれたときに、その理由をきちんと示したうえでこの地域をどうしていくのか、具体的な計画とともに説明してほしい」ということです。そうした段取りがなく、ただ闇雲に国から「お金さえ与えておけばいい」というような態度で来られたらどう思いますか? それは住民のプライドを土足で踏みにじるような行為です。


Photo by 初沢亜利

ましてや政府として一度は県外移設の方向へ向かったものがダメになり、こじれてしまったわけですよね。ですからこの問題でオール・オア・ナッシングはあり得ないんです。上から一方的に決めるのではなく、お互いどうすればいいのかを政府と自治体と住民と、もう一度原点に立ち戻って話していかないといけないと強く思います。

辺野古のまちづくりが始まらない理由

辺野古のアップルタウンは、もともとキャンプ・シュワブができるときに、どうせなら対米兵相手の商売ができるようなまちづくりをしてくれという地元の要望があって実現したものでした。その頃の辺野古は、170戸250名くらいの人口しかいませんでした。半農半漁の過疎の村の人たちでしたから、米兵相手に商売をするといってもノウハウがありません。それで、広く沖縄中南部から、奄美大島、宮古、八重山まで行って、辺野古で商売をする寄留民――入植者を募集してできたのがアップルタウンなんです。外から移住してきた彼らがいま、住民の約半数を占めています

この町を初めて訪れた人は、トタン屋根がいまにも崩れ落ちそうな建物が半数以上もあるのを目にして驚くと思います。なぜそのままにしているのか。ここの土地は元から住んでいた辺野古の人たちのものなんですが、上に建っている建物は移住してきた人たちのものなんです。


Photo by 津田大介

少し乱暴に言えば、元々の辺野古住民は軍用地料を得て生活し、移住してきた人は米兵相手に商売をして生活してきた――辺野古にはそういう歴史があるのです。新しく建て直してまちづくりをしたくても現状の借地借家法がある以上、移住してきた人たちは自分たちの意志だけで建て替えを行うことができません。この状況を変えるには、それこそこの一帯を国や自治体が丸ごと買い取るようなことでもしない