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「辺野古基地設置法」制定で住民の意思を確認せよ

  • 木村草太 (首都大学東京准教授)
  • 2015年7月10日

政府が米軍基地を設置できる法的根拠は何か

辺野古基地建設問題について、社会学者の宮台真司氏は、次のように述べている。

第1に、米軍施設の各々について隣接市町村が基地存置の是非をめぐる住民投票を行う。過去20年で米国外に置かれた米軍基地の数は3分の1に減りましたが、それは独裁政権崩壊後の住民投票が背景にあります。第2に、住民投票に際して跡地利用計画をめぐる地域住民の熟議を興す。そのことで、日本政府と米国政府の双方に対し「本気を示す」と同時に、分断されがちな地域で〈我々〉を取り戻すのです。第3は、基地に関係する外交アクション。基地について日米両政府が合意する際、先行して沖縄の合意をとりつけることを必須条件とするよう両政府に要求する。沖縄が日本の米軍用地の74パーセントを引き受ける以上、当然です。

(「宮台真司が語る沖縄の生きる道「問題は基地反対の先にある」より抜粋)

米軍基地には、騒音・事故・都市計画の困難など、大きな地元の負担が伴う。「あなたの家の近所に基地を作ります」と言われたら、誰だって、「地元の同意ぐらい取ってからにしてくれ」と思うだろう。しかし、現在の政府は、住民投票による同意がなくとも、政府の判断で建設を進めてもよいと考えている。なぜだろうか。


Photo by 初沢亜利

一般論としては、中央省庁の建物を作ったり、国立大学を設置したりするときに、いちいち住民投票の同意が要求されるわけではない。もちろん、建築基準法などの法令は守らなければならないし、周辺環境への影響を考えて、住民への説明会などが必要になることはあろう。しかし、国が所有する土地をどう利用するかは、基本的に政府が決めることだ。これは、私立大学が所有する土地に建物を建設できるのと同じことだ。

しかし、米軍基地には、ある特殊性がある。それは、日米安保条約や日米地位協定の結果、地元自治体の自治権が大幅に制限されるということだ。

基地の中では、地元の警察や消防の権限はほとんど及ばない。航空機の騒音や事故への対応についても、地元自治体が指導などをできるわけではなく、政府を通じて要望を出せるに過ぎない。要するに、米軍基地の設置は、地元から自治権を奪い、「国家直轄地」を作り出すに等しい行為なのだ。


Photo by 初沢亜利

では、政府が、政府の判断限りで米軍基地を設定できるとする法的根拠はどこにあるのか。この点、日本政府は、日米間の条約を根拠としているようだ。

日米安全保障条約6条1項は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と定め、日米地位協定2条1は、「合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許され」、「個個の施設及び区域に関する協定は、第二十五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない」と規定する。

これらはいずれも、国会の承認の下に締結された「条約」である。現在の政府は、これらの規定を根拠に、「日米両政府の合意」があれば、日本のどこであれ米軍基地を設定できると考えているようだ。


Photo by U.S. Navy Seabee MuseumCC BY 2.0

ちなみに、土地を収用する手続については「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」という法律がある。

この法律によれば、基本的には防衛大臣が必要と判断した場所を収容できることになっている。

憲法が要求する「辺野古基地設置法」

しかし、「条約とそれに基づく日米合意だけで基地の設置場所を決められる」とする政府の解釈には、いくつか疑問がある。

まず、憲法92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項」は、「法律で」規定すると定める。先ほど指摘したように、米軍基地の設置は、地元自治体の権限を制限する法的措置なのだから、「条約」やそれに基づく「日米合意」のみならず、「法律」の根拠も必要なのではないか。

また、憲法41条は、国会を唯一の「立法」機関と定める。ここにいう「立法」とは、一般的・抽象的な法規(民法や刑法など)の内容や、行政組織の基本枠組み(〇〇省設置法など)など国政の重要事項を決定する権限と定義される。米軍基地の場所はどう考えても国政の重要事項であり、それをどこに、どのような条件で設置するのかは、法律で決定すべき事項だと思われる。

このように考えると、辺野古に新基地を設置するには「辺野古基地設置法」のような法律を制定することを憲法は要求しているのではないか。


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このように憲法を解釈して法律を制定するのには、2つの長所がある。

第1に、基地設置の条件が明確になること。政府のみの判断で設置場所を決めたのでは、「設置」は既定路線となるため、基地設置に伴うもろもろの条件は、あとから政治的な駆引きによって決定されることになろう。しかし、法律の制定を要求すれば、国は地元における安全措置、環境配慮、補償のための補助金など、諸々の措置を事前に決定し、基地設置法に書き込むことになるはずだ。

特に、補助金の内容が明確化するのは重要である。しばしば、「沖縄は、基地と引き換えに莫大な補助金をもらっている」と陰口を言う人もいる。しかし、政府から交付される補助金のうち、どこからどこまでがどの自治体がもらっている地方交付税交付金で、どこからが嘉手納基地の補償で、どこまでが普天間基地の費用で……といったことは、明確ではない。そうなると、沖縄がもらっている基地の補償が「莫大」なのか、「過小」なのかが判断できない。法律で明確にすれば、不当な陰口はなくなるだろう。


Photo by 初沢亜利

第2に、個別の基地設置法を制定する場合には、地元の住民投票が必要になること。憲法95条は次のように定める。

一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない

日本国憲法95条

この条文は、地方自治を保障するため、国が地方公共団体の組織や権限に狙い撃ち的に介入することを防止するための規定である。簡単に言えば、国が特定の自治体の権限を不当に侵害していないかチェックするために、住民の賛成を要求しているのだ。

「辺野古基地設置法」を作るとしたら、基地に必要な限りで、地元名護市の自治権が制限されるのだから、憲法95条が適用され、住民投票による承認を得なければならなくなる。つまり、そこで過半数の賛成を得られなければ、基地を設置する法的根拠を整備できないということだ。

そうなると、政府や基地設置に賛成する政党は、名護市の同意をとりつけるために、本気になって説得をするだろう。スコットランド独立が問われた住民投票の際には、主要政党の党首がスコットランド入りして、説得に当たった。これに対し、今回は、沖縄と政府あるいは主要政党とのコミュニケーションがあまりに稀薄である。このような決め方で本当に良いのだろうか。


Photo by 柴田大輔

民主主義の正当性が試される

もちろん、法律の制定と住民投票などという手間のかかる手続きはやっていられない、政府のリーダーシップですべて決められるようにすべきだ、という意見もあるだろう。「基地の場所を決定するのに、条約と日米間の合意のみで十分な法的根拠になる」との政府の憲法解釈も、論理的に不可能というわけではない。

しかし、「米軍基地の場所は、政府の独断で決定できる」という憲法解釈は、本当に魅力的なのだろうか。もしも自分の家のすぐ近所が、基地の設置場所に選ばれたらどう感じるかを考えてみてほしい。「決まったことはしょうがない」と納得する人がどれだけいるだろうか。全国民の代表である国会議員が十分に議論を尽くした上で、地元住民の納得を得られるよう、精一杯の努力をしてほしいとは思わないだろうか。国会議員や政府が本気で最善を尽くした上で場所が決まったのだと実感できれば、地元住民だって個人的な利害関係に拘泥せずに、基地の設置を受け入れる気になるのではないか(もしそれを信じられないのであれば、そもそも民主主義の正統性も失うだろう)。

いずれの憲法解釈が良いのかを選ぶのは、究極的には国民だ。ぜひ一度、考えてみていただきたい。


Photo by 柴田大輔

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著者プロフィール

木村草太
きむら・そうた

首都大学東京准教授

1980年生まれ。東京大学法学部卒。同助手を経て、現在、首都大学東京准教授。助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」と話題に。近刊に『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)がある。

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