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辺野古「泥沼化」で変質した沖縄と本土の関係

  • finalvent (ブロガー)
  • 2015年6月28日

ポリタスから「辺野古移設問題」について寄稿を依頼されたとき、私が最初に思ったのは、その呼称への微妙な違和感だった。間違いだと言いたいのではない。この問題をそのような呼称で受け止めることにすら難しい問題が含まれているだろうと思えたのである。そこであえて「辺野古移設問題」と括弧を付けてみた。重点の置き方としては「普天間飛行場移設問題」としてもよい。なお、私がこの問題に言及するのは、自著『考える生き方』でも述べたように、1994年から2002年まで沖縄県民として、その土着の親族構造の内部で暮らしたことに加え、縁があって一部ではあるが、政界、大学、メディア、自衛隊、米軍などの内情を直接伺う機会があったことによる。

「泥沼化」後にあり得る3つの可能性

まず、ポリタス編集部から問われた「泥沼化している普天間基地の辺野古移設問題についての今後の見通し」について答えたい。3つの可能性があると思われる。

1つは、三里塚闘争と同じ推移を辿ることだ。まず同闘争のような被害者を出さないで欲しいと願う。中期的には、問題が深刻化する反面、新基地建設が既成事実化する程度に合わせて反対派が衰滅し、分裂し、一部がいっそう過激化していくだろう。現状の自民党政権の対応を見ているとその方向で「粛々と」進んでいるように見える。

米国としては沖縄住民の反対を押し通し、その反感を高めつつ同地で活動することに基本的には抵抗感を持っている

2つ目の可能性は、新基地建設中断が米国から提案されることである。この可能性についての議論はあまり見られない。あるいは非現実的と評されることが多い。だが、ありえないことでもない。政治学者のジョセフ・ナイも言及しているが、米国としては沖縄住民の反対を押し通し、その反感を高めつつ同地で活動することに基本的には抵抗感を持っている。本土民が共通に負担すべき軍事同盟を沖縄という地域に押しつける構造的差別に米国が荷担したいとは思っていない。背景には沖縄が27年間米国の統治下にあったことの責務感もある。


Photo by USMC ArchivesCC BY 2.0

加えて、辺野古新基地の軍事的な価値についても中期的な見直しが迫られ、その渦中で撤回される可能性もある。この点についてもナイ氏は沖縄が仮想敵国である中国に近すぎるため不利として述べている。

3つ目の可能性は、普天間飛行場が原因で大事故を起こし、米軍の全ての活動が制約される事態が発生することである。そうなれば辺野古新基地建設など論外の事態になる。そもそも普天間飛行場は米国本土なら危険性ゆえに運用が許されない設置基準で存在している。米国内であれば即座に撤去の対象となる(実際に米軍統治下では撤去の手順が考慮されていたらしい)。


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10年に1回はクラスAの重大事故が起きる

普天間飛行場の危険は、しばしば話題となるオスプレイの事故の危険性だけを指すのではない。旧来のヘリコプターでも起きる可能性がある。特別なことがない限り、仮に1年に100回試行するとして、事故の確率が1/100だったとする。1回の事故が起きる確率は、1年運用しても10年運用しても変わらない。しかし100回運用したときにたまたま事故が起こらなかったとしても、1000回運用したときには事故が起こっているだろうと考えるほうが合理的である。具体的には、普天間飛行場に24機配備されるオスプレイ「MV-22」の事故率(クラスA)は1.93で、これは10万時間あたりの事故数を表している。1回の事故が起きるのは5.18万時間。仮に24機が年間100日2時間稼働すると0.48万時間。10.79年に1回、事故が起きる。この低い稼働率の前提でもだいたい10年に1回はクラスAの重大事故が起きることになる。

実際に過去を振り返ると中期スパンで大事故を起こしている。今後大事故が発生するリスク値も精密に計算すれば求めることが可能だろうし、おそらく政府側はその確率値を睨んで辺野古新基地建設を進めていると思われる。

辺野古移設問題の解決案

では、どうしたらよいのか。この点もポリタス編集部から問われている。「辺野古移設問題の解決案」である。そんなものがありうるだろうか。本土移転案は長くなるのでそれを除いて3点、触れてみたい。

1点目は、辺野古新基地建設を中断し、現存の他米軍基地に統合することである。現在ではこの案の目はなくなったと見られることが多い。だが、普天間飛行場返還合意時には、この案が暗黙に前提となっていた。また当時の合意水準で見れば、軍事的にも不可能ではない。


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しかしこの案の難しさは、合意が事実上破綻するまでの間に、当初の合意内容が変質したことにある。すでに私は「辺野古新基地建設」と書いているが、当初の普天間飛行場移転とは異なる性質の「新基地」が現在建設されようとしている。「移転」とは異なるスキームである。また、この変更スキームには不明瞭であるが、巨大な利権が関連しているとも見られる

2点目は、北部に巨大な軍民両用の飛行場を新設することである。この案については各種の反対や非難が予期できるのであまり述べたくはないが、1点目で触れたように、統合案が頓挫した背景に巨大利権があるなら、そこを逆手に取り、より巨大な利権として、民間・自衛隊・米軍が利用できる飛行場を建設すればよい。現行、那覇空港も自衛隊と民間の両用である。また、北部にも那覇空港と同等規模の国際空港が望まれている。とはいえ、すでに述べたように、この議論は多くの非難が予想される。あくまでそういう特異な解決策もありうるという思考実験として提示したことに留めたい。


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3点目は、辺野古移設に関して沖縄県民に幅広い、いっそうの了解を求めることである。そう言うと「なんだ自民党政府と同じようなくだらないことを述べている」と思われるかもしれない。だが実際にはこれが現在の自民党政府にもっとも欠けていることである。

そもそもなぜ辺野古新基地建設を沖縄住民が嫌うのだろうか。よく言われるのは、沖縄への米軍基地の押しつけである。構造的な差別が存在するからである。しかしそうであれば、なぜ沖縄から「米軍基地をより多く本土に移設せよ」という議論が出て来ないのだろうか。

普天間飛行場は「飛行場」としての場や施設の機能が着目されがちだが、その実体は米国海兵隊であり、これは朝鮮戦争時に本土の山梨県と岐阜県から「沖縄は日本ではない」という理由で移されたものだった。ゆえに本土復帰に合わせ、元の山梨県と岐阜県に海兵隊を戻せばよかったのである。そうすれば普天間飛行場は空っぽになり、廃用として沖縄県に返却せざるをえなくなる。しかし、そうした声もあまり聞かれない。なぜなのか。


Photo by 初沢亜利

あまり語られないが、沖縄県民が日本国民だからである。沖縄が1972年に本土復帰して42年が過ぎた。米軍統治下時代の経験を知る世代はもう50歳以上である。それ以下の年齢層は、沖縄県民であり日本人であるというアインデンティティーを自然に確立している。それゆえに、かなりの層が本土民と同じようにこの問題を考えるようになった。つまり、本土風の反米感情も同程度共有するようになったのである。

半面に構造的差別を感じても、本土民との一体感がベースになって、米軍基地問題を日本対米国という枠組みで捉えるようになり、本土民のリベラル勢力のように「米軍基地は日本には要らないから、ゆえに、沖縄にも要らない」という議論も増えた。

「辺野古移設問題」の本質は本土観の変質の過程にある

この一体感が弱くなっていけば、沖縄の本土観も変質していく。むしろ、「辺野古移設問題」の本質はこの変質の過程にあると言ってよい。逆説的であるが、こうした沖縄での本土との一体感は、沖縄の経済が米軍に依存しなくなることで促進されてきた。かつては、米軍の経済効果が大きいために米軍基地反対が強く言い出せなかった。


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政治が沖縄県民に情理を尽くさなくなっている

この変質に今日、着目するのは、自民党出身であった翁長雄志沖縄県知事が、「辺野古新基地建設」の反対者に「変質」したことに重なるためだ。「沖縄県民が日本人であるなら、なぜこの構造的な差別が存在しているのか」という、差別される側の意識の比重が大きくなってきている表現と理解してよい。

この感覚的とも言える違和感の内情について、6月21日の日経新聞「風見鶏 沖縄が敬愛する野球人」で嘉数昇明・元沖縄県副知事はこう述べている。

なんで日本は沖縄を米国に差し出したのか。橋本さんや小渕さんの世代まではそれをわかって「勘弁してくれ」と言ってきた。結論はいまと一緒で「基地は沖縄に置け」だから、彼がいい人だったかというとよくわからないが……。

普天間飛行場返還の約束を米国と取り結んだ橋本元総理、また沖縄サミットを実現した小渕元総理の時代には、総理は沖縄県民の各層の情に訴える対応を重ねていた。しかし、今は薄れている。島守の塔に関連した嘉数氏の言葉を、日本経済新聞編集員大石格が同記事でこう伝えている。

安倍晋三首相は昨年、戦没者慰霊祭に出席するために訪沖した際、この塔にも足を運び、献花した。県庁職員遺族が多数待っていたが、首相が声をかけることはなく、嘉数氏は「がっかりした」。こういうときこそ雰囲気を変える絶好の機会のはずだ。あさって首相はどう振る舞うのだろうか。


Photo by 柴田大輔

問題の本質は「基地は沖縄に置け」という構造的な差別政策にある

問題の本質は嘉数氏が見抜いているように「基地は沖縄に置け」という構造的な差別政策にある。しかしその解消が難しいゆえに、歴代自民党総理はそれなりの情を尽くして沖縄の各層に接触してきたものだった。それらもまた沖縄県民と本土民の一体性を育んできた。

その一体性の均衡のバランスが変わろうとしている。私がここで「均衡」という言葉を使うのは、現実的なところ沖縄県民の多数は「辺野古新基地建設」に明瞭に反対しているわけではないという含みがある。このことは翁長知事の登場でも示されていた。


Photo by 初沢亜利

選挙の勝利者という点では10万票の差を付けた翁長知事の支持が突出していると言えるが、全体構成で見れば、翁長知事36万820票対、仲井真弘多前知事26万1076票である。事実上の辺野古新基地建設容認の沖縄県民も少なくないことが暗示されている。これもまた先に述べた本土民との一体化の帰結であり、日本国民として国家の安全保障を了解しているからである。

沖縄と本土の対話を深めつつ、構造的な差別が解除されていく過程を目に見える形にしていくことが好ましい

「辺野古移設問題」は、当然ながら本土民の情の問題で解決するわけではない。構造的な差別が根幹にある。だが、現状はその本土民への一体感は、構造的差別を超える方向ではなく、どちらかと言えばやや恣意的に、本土リベラル派の反米勢力に結びついている。こうした点を考慮するなら、沖縄と本土の対話を深めつつ、構造的な差別が解除されていく過程を目に見える形にしていくことが好ましい。

3点目の解決策をより具体的に提示するなら、「辺野古新基地建設」をゴリ押ししていくのではなく、政府関係者が沖縄県民の各層に情理を尽くすとともに、どのように普天間飛行場が撤去されていくのかという段階的な過程を、沖縄県民を含め日本人全体に見えるようにしていくことだろう。問題の重心を「普天間飛行場移設問題」