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  • Photo by Toshihiro Oimatsu (CC BY 2.0)

ジェンダー、セクシュアリティにかかわる各党の公約を読む

  • 小宮友根 (東北学院大学経済学部准教授)
  • 2019年7月16日

参院選の争点として憲法改正、消費税、年金問題などが注目を集めているが、ジェンダー、セクシュアリティにかかわる問題について、各党がどのような公約を掲げているかも注目に値する論点のひとつである。

選挙を前にした公約ではどの党も美辞麗句を並べるのは当然といえば当然なので、その点では列挙された項目をざっと見ていても大きな差を見いだしにくいかもしれない。それでも一方にあって他方にない項目は何か、似たような項目でも公約全体のどこに配置にされているかなどを見ると、この問題に対する各党の態度が見えてくる。

政治的には、ジェンダー、セクシュアリティ問題は「社会の中で弱い立場におかれた女性や性的マイノリティの人たちをどう救済するか」という問題として語られがちだが、実はもっと大きな射程をもっている。例えば、女性が働きにくいのはいわゆる「男性稼ぎ主モデル」のもとで妻が家事育児を負担する仕組みが変わっていないからである。妻の家事育児負担と夫の長時間労働は裏表の関係にあるので、「性別にかかわりなく」働けるようにするためには男性の側の働き方が変わらなければならない。そのためには雇用のあり方や賃金の仕組み、社会保障制度、子育ての仕方などさまざまなことが変わる必要がある。このことはまた、「異性愛カップル」を人々の生活の前提とするのではなく、同性パートナーシップや「おひとりさま」でも生活しやすい社会をどう作るかという問題ともつながっている。

マイノリティにかかわる問題に取り組むことは新たな社会の形を描くこと

要するに、「マイノリティ」を「マイノリティ」にしているのはマジョリティを中心に組み立てられた社会の形であるのだから、マイノリティにかかわる問題に取り組むことは新たな社会の形を描くことでもあるのだ。


Photo by Robert Sanzalone (CC BY 2.0)

ここではそうした観点から簡単に各党の公約を比較してみたい。主に参照するのは「自民党総合政策集2019 J-ファイル」「公明党2019政策集 小さな声を聴く力」「日本維新の会参院選マニフェスト詳細版」「国民民主党政策INDEX2019」「立憲ビジョン2019」「社民党ソーシャルビジョン 3つの柱」「日本共産党2019参院選公約 希望と安心の日本を」である。いずれも各党のウェブサイトで公開されている。

女性労働

近年女性労働力率や第1子出産後の女性の就業継続率は上昇が続いている。この点は現政権による「女性活躍推進」の成果とも言えるが、他方で男性労働者のほぼ8割が正規雇用であるのに対し女性労働者の5割以上が非正規雇用であるという偏りは変わっていない。そのため非正規雇用まで含めた平均給与を見ると女性は男性の6割未満にとどまっているし、管理職に占める女性の割合国際的に見ると低水準のままだ。

「女性活躍」とは「補助的労働力として女性を活用する」ということではないはずだから、こうした状況をどう変えるかは重要な課題である。この点各党の公約を見ると、均等待遇やワークライフバランス、子育て支援といった言葉はどの政党の公約にも見ることができるが、具体的に何をするのかについては違いが見られる。

各党の姿勢がはっきり分かれるのは同一賃金原則に対してである。自民、公明、維新が「同一労働同一賃金」を掲げるのに対し、立民、国民、社民、共産は「同一価値労働同一賃金」を掲げる。正規/非正規間の不合理な格差を解消するためには、職務内容だけでなく職務評価にもとづいた賃金制度の構築が必要であるという観点からすれば、維新を除く野党のほうがより徹底した姿勢を示していると言えるだろう。


Photo by Richard West (CC BY 2.0)

男性の家事育児参加についても各党には微妙な違いが見られる。「促進する」と言っているのはどの党も同じだが、その手段として自民、公明が「意識改革」「職場環境の整備」を挙げるのに対し、国民と社民は「パパ・クォータ(父親への育休割り当て制度)」の導入を提唱。国民はさらに「育休の賃金保障100%」も掲げる。民間企業で5%程度の低水準にとどまる男性の育児休暇について、政治が制度的にイニシアチブを取るつもりがあるのかどうかは注目されてよい点である。国民民主党の積極性が目立つ一方、野党第一党として立憲民主党はもっと踏み込んでもよかったのではという印象を持つ。立民は女性政策については詳細なパンフレットを作成しているが、男性の側の問題でもあるという全体的なビジョンが弱い。


Photo by Eka Raditya Rooshartanto (CC BY 2.0)

ハラスメントに対する態度も与野党で異なる。立民、社民、共産はハラスメント禁止法の整備を掲げ、さらに立民、国民は先日ILOで採択された「仕事の世界における暴力とハラスメントの除去に関する条約」への批准を目指すことも掲げている。他方、自民党の分厚い政策集に「ハラスメント」の文字はなく、公明党の公約集では項目はあるものの「働く人のメンタルヘルス支援」として掲載されている。

セクシュアル・ハラスメントの要因のひとつは職場が男性中心的であることであり、その点ではそれは差別問題でもある。単に「メンタルヘルスに困っている人の支援」としてではなく、平等な職場を実現するためにハラスメント対策に取り組む必要があるという視点が与党には欠けている。


Photo by Paolo Gamba (CC BY 2.0)

その他の特徴として挙げられるのは、自民党の政策に「家族主義」が見え隠れしていることだ。論理的には男性も家事育児をおこなうことと、どのような家族を作るかは独立の事柄だが、自民党は「家庭は夫婦そろって作り上げるもの」という言葉を入れてくる。同様に、結婚するかどうかと出産・育児をどのようにおこなうかも独立の事柄だが、「結婚・出産・子育ての切れ目ない支援」として自民党の中ではつながっている。しかし、働き方の問題を異性愛カップル家族の「作り方」の問題として捉えるのは不十分だし、女性の人生設計にばかり介入するような「結婚・出産支援」はかえって旧来の働き方を温存しかねない。

野党の中では国民民主党が「配偶者控除の見直し」「第3号被保険者制度の見直し」を掲げているのが目を引く。いわゆる「103万円の壁」「130万円の壁」だ。前者は配偶者特別控除によって若干緩和されたものの、制度的に「男性稼ぎ主モデル」が支えられている点は依然として大きく変わったわけではない。見直しは一部の層にとっては増税となる可能性があるが、正面から掲げている点は評価できるだろう。

選択的夫婦別姓

選択的夫婦別姓については与野党の中でも見解がわかれる。自民党と維新は旧姓使用の拡大を掲げるのに対し、公明、立民、国民、社民、共産の各党は選択的夫婦別姓の導入を掲げている。おそらくここには別姓をめぐる問題の捉え方の違いがある。自民党は旧姓使用の拡大を「女性活躍」という項目のもとに配置した上で、「家族の絆を保つとともに、女性の社会的活動の円滑化」のためにそれを進めるという。維新のマニフェストでも旧姓使用拡大は「女性のくらしやすさ」という項目のもとに置かれている。他方、公明、立民、国民、社民、共産の各党は、選択的夫婦別姓の導入を「ジェンダー平等」「男女平等」「人権の尊重」といった項目のもとに置いている。ここには別姓の問題を「女性が働く上での実際上の困難」としてのみ捉えるか、「平等」「人権」の問題として捉えるかの違いがあるだろう。


Photo by Charles Nadeau (CC BY 2.0)

現実を見れば、95%以上の夫婦において女性が改姓している現実は男性中心的な「イエ」の考え方を引きずっていると考えられるし、またそれゆえ女性にとっては姓の問題は自らのアイデンティティと深くかかわる問題となっている。2015年の最高裁判決では否定されたものの、女性ばかりが改姓する現実を帰結している現行の夫婦同姓規定を人格権の侵害と捉える見解も専門家のあいだには強くある。単なる「働きやすさ」の問題としてのみならず、国連女性差別撤廃委員会からも勧告を受けている人権問題として考えるべきだが、自民党の家族主義はそうした認識を妨げているように思える。

政治における男女平等

昨年施行された「政治分野における男女共同参画推進法」では、選挙において「男女の候補者の数ができる限り均等となること」がうたわれている(第2条)。この点、自民、国民民主は、条文どおり男女の候補者数を「できる限り均等に」することを目指すとしているのに対し、立憲民主と共産はさらに進んで「議会での男女同数」を目指すとしている。有権者の半数は女性であるのにその代表が男性ばかりというのはおかしなことであり、言葉どおりの実行を期待したいところだ。

有権者の半数は女性であるのにその代表が男性ばかりというのはおかしなこと

この点については、実際に各党の候補者における女性の割合を見てみるのが「本気度」を測る何よりの指標となるだろう。自民党候補における女性候補者の割合は14.6%、国民は35.7%、立民は45.2%、共産は55%である。ちなみに公明党は女性議員の増加を公約に含めておらず、候補者における女性の割合も8.3%と自民党より低い。こうした数字を見る限り、与党がこの問題をどれだけ真剣に考えているかは疑わしいと言わざるをえない。

女性に対する暴力

性暴力被害者支援としては、自民、国民民主、立憲、共産が「ワンストップ支援センター」の充実を掲げている。被害者が法や医療など複数領域の専門家に自力でつながることは難しく、重要な政策であるため政治的立場にかかわらず進めてもらいたい。

刑事司法における性暴力の扱いのうちにジェンダーバイアスがあることは専門家のあいだでは以前から指摘されている

他方、法制度上の改革については与野党で温度差がある。立民、国民、社民、共産は「性暴力被害者支援法」の制定を掲げ、さらに国民民主は「レイプシールド法」の制定を、共産は「加害者更正プログラムの制度化」を掲げている。強制性交等罪の「暴行脅迫要件」など現行刑法の見直しについては立民、社民、共産が言及し、国民も検察官や裁判官に対して「研修をおこなうこと」とした2017年刑法改正時附帯決議の「着実な履行」を求めるとしている。それに対して自民と公明(と維新)は具体的な制度改革への言及がない。刑事司法における性暴力の扱いのうちにジェンダーバイアスがあることは専門家のあいだでは以前から指摘されていることであり、積極的対策が必要だろう。

女性に対する暴力の問題は、安全の不平等の問題とも考えられる。また性暴力は一般にもたれがちなイメージと違って、職場や学校など顔見知りの関係で起きる被害が多い。この点でそれは、上述のハラスメントの問題ともつながった、社会における女性の地位の低さともかかわる問題である。

こうした観点からすれば、性暴力やハラスメントの問題に対する態度は、「平等な社会」ということでどのような社会をイメージするかという、より大きな問題への態度とつながっていると見るべきだ。

性的マイノリティ

性的マイノリティにかかわる政策も与野党の違いが大きくあらわれる場所だ。与党が「性的指向と性同一性に関する理解の増進」を掲げるのに対し、維新を除く野党は「LGBT差別解消法」の制定を掲げる。この政策が置かれている項目を見ても、自民党は「暮らし、安全、安心」であるのに対し、野党は「多様性」「差別解消」「平等」などと違いがある。差別や不平等の問題であれば「理解増進してから」などと言わずに是正されなければならないが、与党はそのように捉えていないということだろうか。

差別や不平等の問題であれば「理解増進してから」などと言わずに是正されなければならない

同性愛にかかわる政策を見ると、維新、立民、社民、共産は同性婚の制度化を掲げている(ただし維新はなぜか「教育・子ども支援 女性がくらしやすい社会」の項目の「旧姓使用の拡大」の後に「同性婚を認める」とだけ書かれていて、真面目に考えているのかどうかわからない)。国民民主は「パートナーシップ制度の拡充」としていて少し態度が弱い。そして与党の公約には、同性婚に対する言及は一切ない。トランスジェンダーにかかわる政策については、公明党と共産党がホルモン療法に対する保険適用の拡充を挙げ、国民は戸籍の性別変更要件の緩和を掲げている。

冒頭でも少し述べたように、性的マイノリティに対する差別の解消は新たな社会の形をどう構想するかという問題と大きくかかわっている。性の多様性、親密な関係の多様性を真剣に受けとめていくことは、「人々が異性愛のカップルで生活すること」を基本的前提とすることで成り立っている男性稼ぎ主モデルからの脱却を考える上でも極めて重要である。この点、性的マイノリティの問題に対して政治が積極的な態度を示さないことは、女性労働のような関連する他の問題に対する真剣さにも疑いを投げかけられる理由となりうるだろう。特に与党の非積極性は大きな懸念材料である。


Photo by James_Seattle (CC BY 2.0)

以上、簡単にではあるが各党のジェンダー、セクシュアリティにかかわる公約を概観、比較した。繰り返すが、政治的にはジェンダー、セクシュアリティ問題は「困っている人を救済する」という問題ではない。それは特定の人間像を前提とした社会の形をどう変えるかという問題であり、それゆえすべての人にかかわる問題である。美辞麗句にとらわれず、全体として各党がどのような社会を構想しているかを考えたい。

著者プロフィール

小宮友根
こみや・ともね

東北学院大学経済学部准教授

東北学院大学経済学部准教授。博士(社会学)。専門はエスノメソドロジー/会話分析、ジェンダー論。主な著作に『実践の中のジェンダー』(新曜社、2011年)、「評議における裁判員の意見表明」(『法社会学』77号、2012年)、「裁判員は何者として意見を述べるか」(『法社会学』79号、2013年)、「強姦罪における『被害者資格』問題と『経験則』の再検討」(陶久利彦編『性風俗と法秩序』尚学社、2017年)など。

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