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  • 視点

「選挙」を日常の延長線へ

  • 白石草 (ビデオジャーナリスト、OurPlanetTV代表)
  • 2014年2月6日

皆さんは、東京都のウェブサイト( http://www.metro.tokyo.jp/ )を見たことがあるだろうか。初めて見た人は、これが世界最大の国際都市・東京のサイトなのかと愕然するだろう。デザインはつぎはぎだらけだし、各局のページもバラバラ。CMSも導入していない。いまどき、一般企業がこんなサイトを展開していたら、顧客は離れるだろう。それくらいヒドい。

ちなみに、日本で唯一スタバとゴディバの空白県で、人口が東京都の20分の1という鳥取県のウェブサイト( http://www.pref.tottori.lg.jp )のほうが相当マシだ。鳥取県のサイトには、1月末現在、県民を巻き込んで収録したと見られる「恋するフォーチュンクッキー」の動画があり、その下にはわかりやすく「県政へのご意見」が配置されている。一方、東京都のサイトは、都政全般に対して意見を送りたくても、電子メールで受け付ける仕組みもない。あり得ない。

ウェブサイトは組織の体質を表すと私は考えている。そこには組織のセンスや透明性、情報発信への意欲などなどあらゆる点が見て取れる。そうした観点で都庁のサイトを点検すると、石原都政から猪瀬都政にかけての15年間、東京都が都民に対しきちんと情報発信したり、相互にコミュニケーションをしようとする意思が希薄だったことが確認できる。

なぜ、こんなに悲惨なことが起きているのだろうか?

東京都はかつて、福祉や人権など複数の分野で、国の政策をリードしてきた。例えば、2001年に制定された「DV防止法」は、東京都が大きく貢献をした。東京都は1998年に行政として初めて、ドメスティックバイオレンスに関する実態調査を実施。4500人の女性に面接調査を行い、多くの女性が夫から暴力を受けている事実を明らかにした。この調査によって、単なる「夫婦喧嘩」と見なされていたものは、「暴力行為であり、犯罪である」という認識を広めるに至った。

法制化が叶ったのは3年後。コツコツと問題に取り組んできた女性たちの声を東京都が吸い上げたことで、調査に結びつき、いまや、誰もが知る「DV防止法」が誕生したのである。東京都が調査を手がけていなかったら、DV防止法の成立はもっと遅れていただろう。

しかし、石原知事誕生以来、こうした伝統は消えた。「強いリーダーシップ」という名のもと、市民の声を吸い上げることをやめ、さらには約16万5000人いる都の職員も意見を上げることが難しくなっているのだろう。「このサイト恥ずかしいです」「変えましょう」と言えないのか、あるいは、構築の方針がまとまらないのか、予算がつかないのか。長い間、サイトをリニューアルできない組織は、たいてい大きな課題を抱えている。選挙の時だけお祭り騒ぎをし、知名度で候補者を選び、その後は都政に関心を向けないというツケがここに集約されている。

そういった意味から、今回の選挙で、私が一番、懸念しているのは、「この選挙で脱原発候補が勝たないと脱原発は実現できない」というムードが漂っていることだ。確かに、脱原発は重要なテーマではあるが、「知事によって全てが決まる」というような「天下分け目の決戦」的発想には違和感を抱く。

しかも、今回は政策論争も極めて低調だ。候補者による公開討論会も十分行われず、また、NPOや市民団体などが実施している「政策アンケート」の回収率も極めて低い。2012年の前回選挙では、猪瀬氏をはじめ有力な候補が様々な団体からのアンケートにコツコツ回答していたことを考えると、異常事態と言わざると得ない。選挙中に、有権者の声を聞かない候補者が、知事になってから都民の声を聞くはずがないからだ。

去年初来日したアントニオ・ネグリは、マイケル・ハートとの共著『叛逆—マルチチュードの民主主義宣言』(NHK出版)で、機能不全に陥った現在の「代議制民主主義」は、「民主主義」そのものを破壊していると指摘。「代議制を否定せよ」と主張している。そして、ダボス会議にあつまるような、グローバル経済を牽引している勢力に対抗するために、民衆同士が国境を越えてネットワーク化し、権力を持つことが重要だと説く。

ネグリの考えを肯定するにせよ、否定するにせよ、選挙の勝敗に拘泥するのはやめよう。重要なのは、選挙という「特別なイベント」ではなく、むしろ日常だ。日々、多様な人とコツコツと政治的な対話を積み上げていくことにこそ、価値がある。こうしたプロセスは一見、理想主義的で遠回りに見えるかもしれないが、これが行われていないからこそ、日本の民主主義は成熟しないのだと考えている。

とにかく私は、このガラパゴス的な東京都のサイトが、知事選の後、都民目線の素晴らしいサイトにリニューアルされることを望む。

◯おまけ アクセスするたびに涙が出てくる東京都のNPOのページ http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/index4.htm

著者プロフィール

白石草
しらいし・はじめ

ビデオジャーナリスト、OurPlanetTV代表

早稲田大学卒業後、放送局勤務などを経て、2001年に独立し、非営利のインターネットメディア「OurPlanetTV」を設立。 一橋大学大学院社会科地球社会研究科客員准教授。主な著書に『ビデオカメラでいこう〜ゼロからはじめるドキュメンタリー制作』(七つ森書館)『メディアをつくる〜 小さな「声」を伝えるために』(岩波ブックレット)など。

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